最初のパートナー、最後のパートナー






夢を夢だったんだと認識した時は
その夢が霧散した時だった。




 しばらく、二人とも無言で廊下を歩いた。



 こんな居心地の悪い沈黙は嫌だ。
 いつも騒々しいくらいの巴が何も話さない。


 教室とは反対方向へと巴は歩いていく。
 音楽室やコンピュータ室のある棟、その最上階となると昼休みに訪れる生徒はほとんどいない。
 そこへと続く階段を上り切ったところでやっと、巴が口を開いた。

「リョーマくん、どこまで聞いた?」
「転校するとかってことだけ聞こえたけど」


 巴は目を逸らしてリョーマの方は見ない。
 この表情は罪悪感を抱いている人間のそれだ。
 妙な話である。
 結果的に盗み聞きをしたことになるリョーマよりも巴の方が罪の意識を感じている。


 もっとも、そんなことに意識が回るほどリョーマも冷静だったわけではない。
 むしろ、巴の態度に影響されたわけではないが、被害者のような気分だった。



 そう、確かに彼はそう感じていたのだ。
 自分は巴に裏切られた被害者だと。





 巴は少し困ったような顔で笑った。

「そっか。まあ、それでほとんど全部なんだけどね」


 続いて彼女の口から届けられた言葉。
 耳に入れてしまいたくなかった言葉。



「私、聖ルドルフに転校するんだ、春から。
 寮に入ることになるからリョーマくんの家からも出て行くことになるね」



 聖ルドルフ。
 納得するには近すぎる場所。

 いっそずっと離れた県外ならまだあきらめもつくかも知れないのに。



「……んで」

「え?」
「……なんで。なんで転校なんて決めた訳?」


 コイツのことだからまたきっと観月あたりに舌先三寸でだまくらかされんだ。


 しかし、そんな希望交じりの予測はリョーマの思い違いだった。


「聖ルドルフはトレーナーの基礎がしっかりしているから、将来の為にはルドルフの方が勉強になると思って」


 もともとマネージャーとして、将来への布石とするべくテニス部に入部した巴だったが、青学はスミレの方針でマネージャーやトレーナーは置かず選手自身に管理を任せている。
 その方針自体にケチをつける訳ではないが、やはり彼女が求めている環境は違うのだ。


 思っていたよりもずっとちゃんとした理由。
 だけど。


 だけど、それじゃ。



「じゃあ、俺はどうなるわけ?」




 思わず口をついて出る想い。




「俺はお前のパートナーじゃないの? 勝手じゃない?
 お前にとってパートナーは……俺は、そんな程度のものだったの?」


 気がつくと巴の両腕を掴んでいた。
 真っ白な頭が自覚の無いままに言葉を吐き出し続ける。



 そんなリョーマに巴は少し哀しげな顔を見せたが、その返答は毅然としたものだった。

「リョーマくん、ゴメンね。
 だけど、これだけは譲れない。ずっと前からの夢の為に、私はルドルフに転校する」


 もう巴はリョーマから目を逸らさなかった。
 そして言い切ったのだ。


 元々、リョーマの進む道と巴の行く道は違う。
 ほんの一時重なっていたお互いの道が予想よりも早く分かれた、それだけなのだと。



「あっそ、……もういい」

 揺るぎない巴の目をこれ以上見たくなくて、リョーマは半ば突き飛ばすかのように乱暴に彼女の腕を放し、足早にその場を去った。




 そんなリョーマを見送る巴がどんな顔をしていたのかは、知らない。






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まだまだ、続きます。
ちなみにトレーナー云々と言う話は当然義朝のホラですよ。念の為。
2005.12.24
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