最初のパートナー、最後のパートナー






 その夢をいつから抱いていたのかはわからない。
 ただ、とても大切だったのだと思い知った。






「うん、必要書類はもうそっちに送ったから明日には届いてると思う」

 言葉を切り、ためらいながら次の言葉を巴は口にした。


「……お父さんの夢、叶えてあげられなくて、ごめんなさい」


 受話器の向こうからとまどったような沈黙の後、静かな声が返ってくる。

『馬鹿なことを言うんじゃない。
 お前の人生はお前だけのものだ。
 その選択に意見は出してもそれを決めるのはお前だ。くだらない引け目を感じたりするんじゃない』


 いつになく優しい京四郎の言葉。

「うん……ありがとう、お父さん」


 それ以上話すと泣き出してしまいそうだったので、電話を切った。





「越前、今日日直だろ?
 竜崎先生が教材戻しに来いって言ってたぜ」
「……げ。邪魔くさ」


 授業後、自分の席でまどろんでいたリョーマだったがクラスメイトの言葉に愚痴をこぼしつつも数学準備室へ向かう。
 数学準備室の扉前で、巨大なコンパスや定規ををかかえたままでは中に入れない事に気づく。
 一度床におろせばいいのだが、また抱えあげる手間をかけるよりは中にいるはずのスミレに開けてもらう方が早い。
 そう思いスミレを呼ぼうとしたが、その時中から話し声が聞こえた。

 別に盗み聞きをするつもりはまったくなかったのだが、思わず口をつぐんでしまったのは中から自分の名前が聞こえてきたからである。


「リョーマくんには、まだ……」



 しかもこの声。
 間違いない。聞き間違えるはずが無い。
 彼のダブルスパートナーでもある巴だ。


 動揺して声を出しそびれたその時に、続いてスミレが発した言葉にリョーマの思考は完全に停止した。

「しかし、早く伝えてやらんと。
 お前さんが自分で伝えると言うからあたしは今まで黙ってるんだからね。
 転出届けだってもう出してしまっているんだから……」


 そこまでスミレが言った瞬間。
 けたたましい音が響きわたり、その音に一瞬巴が身体をびくつかせる。


「誰だい!?」


 立ち上がったスミレが数学準備室の戸を開いて絶句する。


「リョーマくん……!」

 手から教材がこぼれ落ちたことにも気づかない様子でそこに立ちすくんでいたリョーマの姿を認め、巴が悲鳴のような声をあげる。




「しまった……今日の日直はお前さんじゃったか……」


 頭を抱えるスミレの姿を素通りして射るような視線で巴を捕らえる。
 まるで敵を見るような目で。


「どういうことか、聞きたいんだけど」

 硬い声。
 巴が溜息ひとつついた。

「説明する。
 ……竜崎先生、失礼します」


 巴はスミレに軽く会釈すると準備室をあとにした。
 教材を乱暴にスミレに託すとリョーマがそのあとに続く。




 こうなってしまうともう自分の出る幕ではない。
 スミレは、嘆息すると教材を所定の位置に片付け始めた。




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スイマセン、続きます。
2005.12.24
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