ドリンクボトルが重たげな音をたてて転がっていく。 拾おうとしたがうまくいかず、そこではじめて巴は自分が震えていることを自覚した。
もうじき決勝戦が始まる。
落ち着かなければ、と思うが身体はそう簡単には思い通りにはならない。 ボトルは掴めず、さらに遠くへ逃げていく。
「何やってんだ」
再び伸ばした手が目標を見失う。 触れる前にボトルが視界から消えた。
「跡部さん」
跡部が巴のボトルを手に、そこに立っていた。
巴にボトルを投げ渡すと横に腰を下ろす。 ベンチの真ん中を占拠していた巴はなんとかボトルを受けとると、慌てて身体を横にずらした。 その様子を見てか、跡部がからかうように口の端を上げて笑う。
「情けねえな、ビビってやがるのか?」 「そりゃ、跡部さんにとっては慣れたものなんでしょうけど……」
巴が今までに経験した試合はたった数回、しかも団体戦である。 初めての個人戦、緊張するなという方が無理だ。
「あん? じゃあ俺様が初めて大会に出た時にはビビってたなんて思うのかお前は」
「全っ然思いません」
思わず即答してしまう。 萎縮する跡部など想像がつかない。
「じゃあ、経験なんざ関係ねえ。 何度やったってビビるヤツはビビる。それだけだ」
アッサリとそんなことを言い放つ。
「どうあがいても次で終わっちまうんだ。 パーティのラストダンス、せいぜい華麗に魅せてやれ」
いかにも跡部らしいその不遜な物言いに、思わず巴は苦笑する。 いつの間にか、体の震えは収まっていた。
「ダンスってまたなじみがない例えですね」 「そうか。 興味があるなら教えてやるぜ?」 「いいえ。今の私はこれだけで充分です」
ベンチに立てかけていたラケットを手に取ると、立ち上がる。 自信なんてあるはずがないのに、今は不安よりも期待が大きい。 それはきっと、一人じゃないからだ。
「ねえ、跡部さん、私、強くなってますか?」 「愚問だな。たかが一週間とはいえこの俺様とマンツーマンで特訓したんだ」 「じゃあ私、ちゃんと跡部さんのパートナーとしてやっていけてますか?」 「バーカ。んなわけねぇだろ。 たった一週間で俺様のレベルに追いつこうなんざ、甘いんだよ。 まあそれでも、コートで俺様と同じ側に立って許されるのはお前だけだ」
「優勝、できますよね?」
最後の巴の質問に、跡部はまさに王者の笑みで応えた。
「当然だ。 俺様は頂点以外立つ気はねぇよ」
そろそろ時間だ。 二人で肩を並べてコートに向かう。
「これで最後と思うと、ちょっと残念ですね」
ほんの少し前まで震えていた時とは打って変わった巴の言葉。
「最後? バカ言え。これがスタートだ」
さも当然と言わんばかりの跡部の言葉。
さあ、ラストダンスを踊りましょう。
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