「葵と?」
青学の面々が一様に意外な顔をする。 個性の強い彼らが全く同じ反応をするというのも珍しい。
「葵って、あの六角の?」 「はい、一年生部長の葵くんですよ」
言わずもがなの質問に、にっこりと笑顔で巴が答える。
意外だ。意外過ぎてノーマークだった。
「へぇ……でも、なんでまた葵と?」 その場の(巴以外)全員の疑問を代表して口にする不二。
「え、だって葵くん、強いですし……」
そういうと、はにかむように笑ってその後を続ける。
「誘ってくれたんで」
納得。 ようするに先着順だったらしい。
「巴、今日はこの後大会に向けての練習かい?」
部の練習後、後片付けをしていた巴に大石が声をかけた。
「はい、公園のテニスコートで練習予定です」
巴の言葉に、大石は一瞬だけ目線を菊丸に向ける。
「奇遇だなあ、俺達も今日は公園で練習予定なんだ。 よかったら一緒にやらないか、なあ英二?」
菊丸も心得たものである。
「そうそう、二人より四人のが色々できるしね!」 「うわあ、本当ですか?」
大喜びで承諾する巴。 ……さすが黄金ペアだけあってこういう時の息の合い方もぴったりである。
まさか、あっさりOKしてもらえるとは思わなかった。 ダメ元くらいの気持ちだったのに、やっぱりついてる。
なかば浮かれ気分で葵は公園に向かう。
街灯の下で待っていた巴が葵に気づき、大きく手を振った。
あー、やっぱりかわいい。
再び何度目かの幸せを噛み締める葵だったが、そこで初めて巴が一人ではないことに気がついた。
……なんで青学の黄金ペアが?
「お待たせ、巴さん」 「ううん、そんなに待ってないよ。 第一わざわざ遠くまで来てもらってるんだし、待たせちゃったら申し訳ないよ」
笑顔で巴が答える。 これってまるでデートみたいじゃない? ……保護者さえいなきゃ。
「ははは、偶然俺達もここで練習の予定だったんで一緒にやろうかって話になってね」 「よろしくにゃ!」
嘘だー、絶対嘘だ! 目が笑ってないし!
結局、この日一日休憩時間込みで葵が巴と二人きりになれることはなかった。 いや、でもほら、うん。 まだまだ大会までは日があるわけだし。
翌日。
今日こそは! と練習には全く関係のないところで気合を入れながら葵がコートに向かう。 昨日と同じように葵を待つ巴の姿が見える。 巴は……一人だ!
内心でガッツポーズを取る。
「こんばんはー、葵くん」 「お待たせ。 ……巴さん、今日は一人?」 「うん」
ようし!
内心でのガッツポーズ、再び。
「じゃ、練習始めようか」 「あ、葵くん」
コートに向かいかけた葵が呼び止めた巴に笑顔で振り向く。
「今日は実践練習にしない?」 「うん、いいよ」
笑顔のままで答えた葵だったが、続いた言葉にそのまま凍りついた。
「よかったー! 実はさっき部長と真田さんのペアに誘われてて。 呼んで来るねー」
「え……、手塚さんと真田さん……?」
ちょっと待って、と言おうとしたが時既に遅し。
すぐに駆けていった巴が二人を連れて戻ってくる。 同じ中学生とは到底思えないような迫力ある二人を。
「ほう…葵と赤月か」 「二人とも遠慮は要らんぞ。 全力で来い。こちらも本気で行かせてもらう」
殺す気デスカ。
……今、ちょっと嫌な予感がしたんだけど。 まさか、プロテニス杯が始まるまでずっと青学の上級生に邪魔されつづけるなんてことは……ないよね、まさか。
そう思いながら、ちらりと巴のほうを伺い見る。 ひょっとして彼女も一枚噛んでるのかな、なんて思いながら。
葵の視線に気がついた巴がにっこりと笑顔を返す。
「頑張ろうね、葵くん!」
前言撤回。 裏のカケラも感じられない。 彼女とペアが組めるんなら多少の障害はどうでもいいとかちょっと思った。 きっと連日邪魔が入るのもきっと偶然だよ、偶然。
しかし、残念ながら、彼の先程の予感はほぼ的中する事となる。
|