「だーかーら、違うって! 腕の振りが甘いんだよ、お前は!」 「だってこうって今神尾さん言ったじゃないですか!」 「んなこと言ってねぇよ!」
やかましい二人の会話を耳にしている者がいれば、喧嘩かと思うことだろう。 実際には神尾の技を伝授すべくの特訓中なのだが。
お互い感情的になりやすいタイプなのでそうという自覚もなく気がつけばこんな調子である。 もっとも、これまたお互いあまり根に持たないタイプなのでこのケンカのようなやりとりが尾を引く事もない。
「ほら、こうだっての。観てろよ」
そう言うと神尾がラケットを構える。
「リズムにHigh!」
声とともに見事なショットを放つ。 それを見届けたのち、一言巴が意見を述べる。
「……その台詞、言わないと打てないんですか?」 「はぁ? この方がリズムに乗れるじゃねーか」
「……そんなもんですか。」
巴もそれ以上の追求は諦めた。
掛け声はともかく。確かに神尾が打つショットはきれいに決まる。 が、自分のセルフイメージと何が違うのかよくわからない。 同じように打っているつもりなのだが。
「ヒジが曲がっちまってるんだよな。 ほら、こうだろ」
結局、神尾も頭脳派ではないので口では説明しきれない。 後ろから巴の手首を掴む。
「で、こう……」
ここで、やっと自分の状態に気がつく。
アレ、なんで俺こんなに巴に密着してるんだ!?
なんでも何も自分から近づいたのだが。
いやいやそうだ、だから今はテニス教えてるんだから意識する必要ない。 ないない。 ないんだって。 急に離しても不自然だしな。
だから静まれ心臓!
ってか、今意識しちまってるのが巴にバレたら俺すげー格好悪くねぇ?
しかし、意識というものは意思によって制御できるものではない。 いやむしろ意識しないでおこうとすればするほど逆効果というものである。
幸か不幸か、神尾が軽いパニック状態になっていることに巴はまだ気がついていない。
「そっか、この時点で違ってたんですね。 確かにこれはちゃんと意識してないと難しいかも……」
「そ、そう。 で、こ、このまま、リ、リズムに、High……ッ!」
そのまま振りぬこうとするが身体がガチガチになっているので思うように腕が動かない。
「……神尾さん、 そんなんじゃ全然リズムに乗れないですよ〜……」
…………技伝授への道はまだまだ遠そうである。
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