巴がサーブを打つ。 それをみて乾が何事か呟くとノートに何か書き込んでいく。
二人で練習している間にいつも一度は必ずみられる、二人にとってはすっかりなじみの風景である。
「スピード、2%上昇、コントロール修正値も上昇傾向……ふむ……」 「どうですか、乾先輩? 自分ではだいぶ良くなったと思うんですけど」
一通り球を打った巴が乾の元に駆け寄って訊ねる。 期待に満ちた目を向けて少し上目遣いに乾を見るその姿はさながらごほうびを待ちかねている子犬のようでもある。 当然、そんな事を言うと巴は怒るだろうから乾も言わない。
「そうだな……。 確かにおおむね精度は上昇しているようだ。 特にコントロール面の成長は著しいものがあるな」
乾の言葉に、巴がぱっと顔を輝かせる。 が、乾の評価はそれで終了ではなかった。
「だが」
「えぇ? まだ続きがあるんですかぁ?」 「当然だ。 まず、コントロール。 成長したとは言えコントロールは元々があまりよくないのでやはり平均的にあまり安定しているとは言いがたい。 尚且つ、軌道を描くコースが毎回ほぼ同じ。 これでは俺でなくともある程度の予測がついてしまうだろう。 さらに、元々お前はパワーがあまりないのでサーブの威力という点にも問題がある。 お前のフラットサーブ…鉄人サーブだったな。相手のグリップ力が低下するというのはシングルスではまだある程度有効だがダブルスではその効力に期待はあまり掛けられない。 そして次に……」
立て板に水の如き流暢さで次々と巴のサーブの欠点を上げ連ねていく。 一瞬誉められてあがったテンションが瞬時にしぼんでいく。
「はう〜、もう充分です。 テングになってました。ううう…」 「そうか? なら今日の問題点はこのくらいでよしておこう」
そう言うと乾は分厚いノートを閉じた。 巴は誉めすぎればあっというまに調子にのって失敗してしまう傾向がある上に、落ち込みだすとこれまた一気に沈み込む。 この気分屋というか上昇下降が激しい性格の彼女に対してどうアドバイスをすれば的確なのか、実は乾はまだ計り切れていない。 ……今日は少しキツすぎたようだ。
「言っておくが、トモエ」 「はい?」 「俺は改善しそうにない選手には助言なんてしないよ。 お前ならもっと上にいけると思うからこそ言うんだ そしてその改善すべき点は俺が考える。だから大丈夫だ。俺を信頼してくれないか」
期待。
それががあるからこそ、つい要求ラインが高くなってしまう。 それは巴には迷惑な話なのかもしれないが。 そんな事を思う乾に、巴が消極的に尋ねる。
「じゃあ……乾先輩、私とペア組んで後悔してたりしません?」
ありえない。
巴とペアを組んでいる事を後悔なんて、それだけは絶対にない。
「当たり前だ。 俺は後悔するような相手とは初めからペアを組んだりしないよ」
「よかったー!」
安堵の笑みを浮かべる巴を見下ろし、密かに乾もほっとする。 その点に関して不安だったのはこちらの方だ。
「さて、練習再開と行こうか」 「はい!」 「今日は練習後に特別にお前のために調合した新作の野菜汁を用意してあるからな」
乾の言葉に、巴の笑顔が凍りつく。
「え、いや、それはちょっと、いえかなり遠慮しておきますっ!」
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