「部長、マッサージさせてくれませんか?」
練習がひと段落ついた時の事だ。 いつもながらとは言え、唐突な巴の発言に、怪訝そうな顔を手塚は向ける。 もっとも、これもいつもの事ではあるのだが、唐突と思うのは手塚がそう感じることであり巴自身には一応繋がりのある発言らしい。 少なくとも彼女の中でだけは。
「だって部長、 普段からあんまりそういうところ、気を使っていなさそうですから。 私、こう見えても得意なんですよ!」
そういえば赤月は元々トレーナー志望だった。 普段から痛みも何も訴える事がない手塚なので一層気になるのだろう。
手塚の許可を得た巴は手塚をベンチに座らせると早速マッサージを開始する。 ……意外に、上手い。 普段が普段なだけに力まかせなのではないかと内心覚悟していた手塚だったが幸い杞憂に終わったようだ。 トレーナーを志しているというのも伊達ではないということか。
「痛くないですか?」
「ああ。上手いな。予想外なほどに」
多少ひっかかる言い方ではあるものの、滅多に誉める事のない手塚の賛辞だけに巴は大喜びする。 こうなると調子に乗るのが巴の常である。
「本当ですか! やったー! じゃ、次いきますね。部長、横になってください」
……横に?
「……まだ続くのか?」
ここに、横になれと言うのか。
「はい! 徹底的にやりますよ!」
もはや有無を言わせぬ口調で手塚をうつぶせにさせると、巴がその上にひょいと跨る。
「おい、赤月……!」 「あ、重いですか?」 「いや、そういう訳ではないが」 「じゃ、続行します。痛かったりしたら言ってくださいね」
痛くはないが。困る。
普段同級生やチームの仲間からも老成していると思われ、自分でも多少の自覚はあるものの、手塚とて木石ではない。 マッサージたからと自分にいいきかせるものの、普段触れる筈もない場所に体が触れるのには動揺が隠せない。
「部長、身体に力が入ってますよ? もっとリラックスして体の力を抜いてください」
無茶を言うな。
もはや気持ちいいのか悪いのか。
「はい、終了です!」
やっと、実際の倍以上長く感じられた時間が終わった。 息をついて上体を起こす。
「どうですか、楽になりました?」
期待半分、不安半分といった表情で巴が手塚の表情を伺う。
「ああ……そうだな。すまない」
確かにテニスで酷使した筋肉は楽になった気がするが別の場所にずいぶん無駄に力が入っていたので却って疲れた気がするがそれは彼女の責任ではない上に薮蛇である。
礼を言われて巴が嬉しそうに笑う。
……この無邪気な無防備さは問題だ……。
そう、心の中で溜め息をつきつつ思う手塚であった。
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