「よし、休憩だ」
そう言ってそのままコートを去ろうとした海堂だったが、巴の目はごまかしきれなかった。
「待ってください、海堂先輩!」
そのまま海堂に駆け寄ると、その右手首を些か乱暴に掴む。 思わず、一瞬眉を顰めた海堂に巴は怒ったような目線を向ける。
「やっぱり……。 軽く捻ってますね。 どうせ海堂先輩、このまま放っとくつもりだったんでしょう」 「たいしたことねぇ。 しばらくすりゃ治る」 「ダメです! 小さな怪我を甘くみたら大変な事になりますよ! 今すぐ手当てします。いいですね?」
海堂が睨みつけても、動じず睨み返してくる。 数秒の睨みあいの後、折れたのはやはり海堂だった。
「ちっ……勝手にしろ」 「勝手にします。 じゃ、海堂先輩、そこのベンチに座ってください」
途端に満足そうに笑うと、海堂をベンチに座らせ自分のバッグを持ってくる。 常日頃から一体何が入っているのだろうと思うくらいにパンパンに膨れ上がったバッグからはコールドスプレー、湿布薬、消毒薬、包帯、テーピング用のテープ…と、危急に備えてか様々なものが出てくる。なるほど、膨れているわけだ。 最終的にテーピングまでしているのには、通常ならば大げさだと拒否するところだが海堂の意識は別のところにあったので、その点に関しての苦情は出なかった。
「はい、終了です!」 「ああ。 ……手際がいいな、赤月」
そう。 巴の手際がテキパキとしているので驚いたのだ。 普段のどちらかというと粗雑な印象からは意外なほどにその処置は手際がいい。 テーピングをした手首も殆ど動きに負担や違和感は感じられない。見事なものだ。
しかし、そんな巴はあまりにいつもと違っているので妙に落ち着かない。
素直な海堂の賞賛の言葉に、巴は得意そうに笑う。
「そりゃそうですよ。 これでも私、スポーツドクター兼トレーナー志望なんですから! ……もしかして、忘れてました?」
そういえばそうだった。 忘れているわけでもないのだが、普段意識に昇る事もないのでそこまで本格的に目指しているのだとは知らなかった。
「でも、手際がいいなんて誉められたの久しぶりだから嬉しいです。 リョーマ君なんて、いつも文句ばっかりですからねー」
別に巴も誉められたいから治療をしているわけではないが、やはり誉められたり感謝されたいというのが人情というものであろう。
「越前……」 「? どうかしました?」
そりゃまあ、一緒に住んでいるんだからそういうこともよくあるのだろう。 わかっていることのはずなのに、妙に不機嫌になるのが自分自身よくわからなくて腹立たしい。
そんな胸の奥底のモヤモヤを振り払うように、唐突に立ち上がる。
「練習、再開すっぞ」
「あ、はい。 本当は、今日はもうあんまり動かさない方がいいんですけど……」 「わかってる。軽く終わらせる。無茶はしねぇ。 それと…………赤月」
「はい?」
かすかな声でボソリと呟く。
「治療、ありがとう」
「はいっ!」
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