今、この場面でスネイクを海堂が放つであろうことは予想出来ていた。 予想出来ていたのだ。 けれど。
反応が一瞬遅かった。
巴の伸ばした腕はあと少しのところで届かず、ボールはラケットの横をすり抜け小気味良い音を立ててコート上を跳ねる。
「ゲーム、海堂・葵ペア、2−0!」
コート上に響いた声に重なるように、微かに赤澤が息を吐く。 それが、巴には溜息のように聞こえた。
今のゲーム、ブレイクされたのは自分の責任だ。 気が抜けたような凡ミスを連発してしまった。
「赤澤さん!」
突然の剣幕に驚いて赤澤が巴を振り返ると、決死の表情でこちらを見ている。 睨み付けている、と言っても違和感がないような面持ちだ。
「私を、叩いてください!」 「はぁ?」
突然の巴の台詞に思わず気の抜けた返事をしてしまった赤澤だったが、巴の顔を見ると真剣そのものである。
「気合、入れなおしたいんです。 お願いします、赤澤さんっ!」
すっかり殴られるつもりになって硬く目を瞑る。 そんな巴の様子を一瞥して軽く苦笑気味の表情を浮かべると、赤澤は、ぽん、と軽く手を巴の頭の上においた。
「あ、あれ……赤澤、さん…?」
すっかり衝撃を受ける心積もりになっていた巴が、拍子抜けしたような顔をしてこちらを見あげる。
「バーカ。 スコアボードの表示、声に出して読んでみろ」 「え、……に、2−0、です!」
「そうだ。 まだ2ゲームしか取られてねぇ。ブレイクされたのがイヤなら、ブレイクしかえせばいいだけだ。 それも2ゲームともワンサイドゲームだったわけじゃねぇ」
「…………」
「大丈夫だ。 それでも、ふ抜けたプレイしかできないようだったら お前に言われなくても気合を入れなおしてやる。 たとえ5−0になったとしても、最後まであきらめんじゃねぇぞ」
そう言うと、赤澤はゆっくりと巴の頭をなでた。 子供にするようなそんな仕草が、不思議とざわついていた巴の心を落ち着かせる。
……やっぱり、少しあせりすぎていたみたいだ。
普段は自分と同じくらい直情型としか思えない赤澤だが、こう言う時にはやはりオトナだなぁ、と思う。 生え抜きでエリート集団のルドルフを纏め上げているのは伊達ではないのだ。 ……ただ、頭をなでるという行為から、子供扱いされているなぁ、という微妙な悔しさは払拭しきれないが。
「……落ち着いたか?」 「はい! もう大丈夫です! 勝ちに行きましょうね、赤澤さん!」 「おう、当たり前だ」
一方。
「ぅわー、いいなぁ……。 ああいうさりげないところがやっぱりモテる秘訣なんでしょうかね?」 「……俺が知るか。 テメェも余計なことに気をとられてんじゃねぇぞ」 「うん、メモっとこう!」 「人の話聞いてんのか、テメェは!」
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