初日はなんだかんだといいつつも練習に付き合ってくれた。 二日目も。 そして、昨日も。 だけど、そろそろ「飽きた」とか言い出されかねない。 だったらその前にこちらから息抜きを提案してみよう。 「と、いうわけで亜久津さん、今日はボーリングに行きましょう!」 「……はぁ? 何言ってんだテメェ」 巴としては考えた末の発言であるがいきなり結論だけ口にして『と、言うわけで』と言われても亜久津にはワケがわからない。 しかも待ち合わせに到着して開口一番コレである。 まあ、いつもの事と言ってしまえばそうなのであるが。 「さ、行きましょう!」 「おい、ちょっと待てっ!」 そして猪突猛進型の巴の突発的行動に亜久津が振り回されるのもまた、いつもの事なのである。 二人が向かったボーリング場は、比較的すいていた。 この分ならば順番待ちをする事もなくスムーズにプレイできるだろう。 と、巴が受付で登録用紙を受け取って必要事項を記入しているとすぐ傍で聞き覚えのある声が。 「……他のペアは練習に励んでるでしょうに、こんなところで遊んでいていいんですか?」 「ハハハ、根を詰めすぎると却って良くないぞ? たまには息抜きもしないとな!」 「…………はぁ」 いつもながらサワヤカなその声と、対照的に年中不機嫌そうで覇気の無い声。 聞き間違いようも見間違いようも無い。 「大石先輩と伊武さんじゃないですか」 「あれ、巴。 お前たちもボーリングか?」 「はいっ!」 「……試合まで数日だってのに余裕だよねぇ…まあ、俺達もここにいるんだから偉そうな事は言えないわけなんだけどね…」 「うるせぇ」 片や不穏な空気を漂わせているというのにもう片方の二人は呑気なものである。 明るく話に盛り上がっている。 「そうだ。折角だから一緒にやらないか? 2チームに分かれてダブルスで。」 「「え?」」 大石の提案に亜久津と伊武の二人は露骨に嫌そうな反応を示したが、全く意に介されていない。 「あ、それいいですね! じゃあ勝負ですよ! お互い頑張りましょう!」 「…………」 「………ちっ」 ……ある意味、この2ペア似ているのかもしれない。 大石の放った一投が正確な軌跡を描いてピンの中心を捕らえる。 小気味良い音をたててピンが倒れていく。 残っているピンは、ない。 「よし!」 「ああ〜…。またスペア取られちゃった。 大石先輩、上手過ぎますよぉ」 会心のスペアを決めて座席に戻ってきた大石に巴が言う。 「球が重過ぎるのかなぁ……。 思った方向にも転がってくれないし」 「そうだなぁ。巴ならもう少し軽い球でもいいかもしれないね。 今使っているのは9ポンド? 7ポンド球ぐらいでスピードをつける方がいいかもしれないな。 あと投げるときにもう少し腕を振り上げた方がいいと思うよ。 ロフティング(※レーンにボールを落としてしまうような投げ方。大変よろしく無いので場所によっては禁止行為)に近い状態になってるから」 「はい、じゃあ次にはそうやってみます!」 対戦とはいえ和やかなムードである。 あくまで、この二人は。 残り二人は殆ど口もきかず黙々とプレイしている。空気が重苦しい事甚だしい。 「おい、テメェの番だぞ巴」 亜久津に言われて慌てて巴がレーンに向かう。 大石のアドバイスに従って右腕を大きく振り上げ……あれ? 急に腕が軽くなった、と思うと同時に背後で悲鳴が上がる。 「のぅわっ!」 後ろを振り返ると、間一髪のところで巴の手からすっぽ抜けたボールを受け取った亜久津の姿が。 見事受け止めきれたのはさすがというべきか。 さすがに動揺した。 と、いうかこんなものが当たったら痛いじゃすまない。 元々気の長いほうでは全くない亜久津が怒り心頭に達したのは言うまでもない。 「巴、テメェ……ッ!」 が。 「あああ、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 亜久津さん、どこも怪我ないですか? 本当にすいませんーっ!」 半泣き状態で駆け寄ってきた巴の顔を見ると怒鳴りつける気力も失せる。 涙目の巴を見ると、一呼吸置いてからやっと言う。 「……別になんともねぇよ。 ホラ、さっさと投げて来い。 外しやがったら承知しねェからな」 「は…はいっ!」 ……良かった……泣かれたらどうしたらいいかわからない。 一つ息を吐いて、ふと気がつくと伊武がこちらを見ている。 「あぁ? 何見てんだテメェ」 「……別に。 さしずめ狂犬も飼い主の前では大人しく尻尾振ってるんだなぁとか思っただけ」 半眼で言ってのける伊武に、亜久津が柳眉を吊り上げる。 「あんだとテメェ。誰が狂犬だ?」 「言われないと判らないの? ……ついでに飼い主が誰かも説明して欲しい?」 「テメェ……!」 腰を浮かした亜久津だったが、その瞬間。 「ようし! いいコースだ!」 と、いう大石の声に続いて響いたカコォン、という小気味のいい音。 「やったーっ! ストライクですよ、ストライク! 見てくれました?」 おおはしゃぎで巴が駆けよって来る。 「……おう」 「……そうみたいだね」 思わず毒気が抜かれる。 「ようし、今の感覚を忘れるんじゃないぞ?」 「はい、大石先輩!」 すっかりノリノリの二人である。 改めて凄むのもバカらしいので亜久津も腰を下ろす。 「チッ……。 今日のところは巴に免じて勘弁してやる」 「別に勘弁してくれ、なんて頼んだ覚えないけど。 …大体そういう巴の言いなりなところが飼い犬だって言ってんだけどわかんないのかなぁ…わかんないよね、所詮狂犬だし…」 「テメェいい加減に…」 「伊武さーん、伊武さんの投球順ですよー? ……あれ、また何かボヤいてるんですか? ダメですよ、伊武さんはすぐそんな態度をとるから皆に誤解されるんですよ?」 「別に誤解されようがどうでもいいけど。……どうしてここまで判ってて肝心なところではボケてんだかなぁ…」 結局のところ、飼い犬はもう一匹いるのである。 「あー、今日は楽しかったですね、亜久津さん!」 「……おい、巴」 「はい、なんですか?」 「お前は俺とテニスでペアを組んでるんだろうが。 金輪際ボーリングなんかには付きあわねぇからな! 明日からはテニスしかやらねぇ。判ったな!」 すごい剣幕で捲し立てる亜久津に巴は目をぱちくりさせる。 どうしてこんなに必死なのかわからない。 「はい…それはこっちとしても願ったり叶ったりですが……」 とまれかくあれ、結果オーライということで。 |