月刊プロテニス杯。
同校他校、地域もお構いなしでペアを組む事のできるこの大会は定番のペアから意外な組み合わせも見られたりするので中々評判が良いらしい。 そして、それは選手自身にとっても変わらない。 他校の選手と組む機会など滅多にないのだから。
「よし、これでオジイに頼まれた用事も済んだし、帰るか」 「ん」
青学顧問へ書類を渡し終えて部室を後にし、そう言って正門の方へ足を向けていた黒羽が手水場にいる人影を認めてその歩みを止める。
「あ。……わりぃ、ダビ先行っといてくれ」
そう言うと黒羽がそちらの方向へ走っていく。
……バネさん、どうしたんだ? 疑問に思いつつ天根もそちらの方に顔を向ける。 そして、そこにいた人の姿が目に入る。
「よっ、アンタ赤月だろ?」
休憩中、手水場で顔を洗っていた巴が、何事かと振り返る。 遠目でもすぐにわかる長い髪がその拍子になびく。
「あ、六角の黒羽さん……でしたっけ」
若干自信がなさそうに言う。 青学と六角は親交のある方だが、巴が入部してからこっちは練習試合も組んだ事がない。 言葉を交わした事も一度あるかないか。
それでもちゃんと自分のことを認識してくれていたことに黒羽が嬉しそうな顔をする。 もっとも、巴にとっても1年女子の自分なんて良く覚えていたなぁ、と思っているのだが。
「そうそう。 今日はオジイの使いでね。 ……でさ、いきなりだけどアンタって月刊プロテニス杯は参加すんのか?」 「はい、参加したいとは思ってるんですけどまだ相手が決まってなくて……」
少し困ったように言う。
「相手が決まってねぇなら、いっちょ俺と組んでみねぇか?」 「え、いいんですか? 私でよければ……きゃっ!?」
「俺と組んでみないか?」
一瞬、巴の頭が真っ白になる。 巴の言葉、いや、二人の会話を中断するように後ろから天根が抱き付いて来たのだ。
「…っ! ダビデてめ、何やってんだ!」 「え、これ、天根さんなんですか?」
巴は後ろから羽交い絞めにされているので個別認識すらできていないらしい。 黒羽は怒っているが、それはさっぱり天根の目にも耳にも入っていない。
「あれ、俺の名前知ってるんだ。 ところでアンタ名前は?」 「知らねぇで誘ってんのかよ!」 「あ、赤月巴です」
「ふーん、赤月、巴、ね……イテッ! 何すんだよバネさん!」
足蹴にされた天根がやっと黒羽を認識して抗議する。 当然黒羽の不機嫌はその比ではない。
「何すんだ、じゃねぇこのダビデ! いいかげん赤月放せ! 大体俺が先に誘ってたのに横から掻っ攫うようなマネすんじゃねえ!」
そう言うとぐい、と巴を天根から引き離す。
「……ダメ?」 「ダメだ!」
ってことは。
「じゃあ、パートナーじゃなくて彼女でいい。 俺と付き合おう」 「………………え!?」
そこに本日ニ発目の蹴りが入る。
「何バカ言ってんだお前は!」 「なんで。 ペアのパートナーはバネさんに譲るって言ってる」 「そういう問題じゃねぇ!」 「コレばっかりは巴といえども友へは譲れない……。」 「バカなダジャレ言ってる場合か!」
「…あー、ゴメンな、急に大騒ぎになっちまって」 「いえ、気にしてませんから(驚いたけど)」
しかし流石に動揺したためか頬が赤い。
いささかばつの悪そうな黒羽に、巴がにこりと笑みを見せる。 可愛い。
「………(ぎゅー)」 「ひゃっ!」
…この後、本日三度目の蹴りが全力で加えられた事は言うまでもない。
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