「あっ……!」
バックサイドのボールを返した赤月の体が不自然に傾いた。 そのまま転倒する。 照れたような表情を浮かべて立ち上がろうとしたが、その拍子に顔をしかめる。
「……あいた」 「ひねったのか、赤月。少し見せてみろ」
真田がそう言って赤月に駆け寄る。 赤月の左足が、少し腫れている。
「骨に異常は無いようだな……全く、たるんどる! 無理な体勢で強引に返球しようとするからこうなるのだ。 もしこれが試合だとしたら1ポイント失うよりもさらに不利になるということが判っているのか?」 「はい…すみません」
真田の剣幕にしょんぼりと肩を落とす。 ひとつ、溜息を付くと真田は巴のラケットを取り上げて仕舞い込んだ。
「今日はもう練習にはならんな……。 家まで送っていくから、負ぶされ」
そう言って、巴に背中を向けてしゃがみこむ。
「え!? いえそんな、大丈夫です!」 「今歩いて帰ってさらに足を傷められてはかなわん。 お前とペアを組んでいる以上他人事ではない。いいから言うとおりにしろ」
「……重いですよ、私」
一言、呟くように巴が言ったが真田が取り合わないので結局おぶってもらうことになった。 彼女を背負って立ち上がり、少し真田は動揺する。
当然、重かったからではない。 巴一人を背負うことなどなんの支障も無い。 驚いたのは、ただ。
(……どうしてこうどこもかしこもが柔らかいのだ!)
この一点に尽きる。
部活動に自主練習、そして今はプロテニス杯のための特別練習。 巴が熱心に練習をこなしている事は知っている。 それに伴って相応の筋力もある。 なのに、それを疑いたくなってしまいたくなるほどに柔らかい。 これが男女の格差というものなのだろう。
柔肌とはよく言ったものだ。
そこまで考えて、自分の考えに自分で動揺した。
(な、何を考えているのだ、俺は…!)
意識すまいと思うほどに考えてしまうのでこれは早急に家まで送り届けるに限る。
「赤月、自宅はこの道をまっすぐで良いのだな?」 「あ、はい」
早くこの苦境から逃れたい一心で歩を進めていたのだが、その様子と沈黙を巴は違うように受け取っていた。 背中ごしに、ぽつりと呟く。
「真田さん…やっぱ怒ってます?」
「何だと?」
一杯一杯のところに急に話し掛けられたので咄嗟に思考がついていかない。
「真田さんの足引っ張ってばっかりの上に、ケガまでしちゃって……。 やっぱ私、足手まといですよね」
いつも元気一杯の声が、沈んでいる。 まずい。 今ここで泣かれたりしたら本当にどうしたら良いかわからない。
「……怒ってなどいない」 「え?」
「お前が、精一杯やっていることは判っている。 だから、気に病むことは無い。 俺は、こういう性分だからそう見えてしまうのかもしれないが、別に怒ってるわけではない」
「本当ですか?」
少し、巴の声が上向きになった。 顔は見えないが落ち込みから少しは復活しているのだとしたらありがたい。
「ああ、本当だ。 ……ちゃんとつかまっていろ。危ないぞ」 「はいっ!」
ぎゅっ、と巴が真田の背にあらためてしがみつく。 自分で言い出したことだが背中の密着度が増したことでせっかく落ち着いて来ていたのにまたぞろ動揺が蘇る。
「あ、赤月! 自宅はこの道をまっすぐでいいのだな!?」
「はい。 ……でもさっきも訊かれたばっかりですけど……?」
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