「よし、とりあえずここで10分休憩にしよう」
ボレー練習の精度が落ちてきたところでそう橘が宣言した。 集中力の切れた状態で練習を続けても意味はない。
「はいっ! じゃあ、私ちょっと顔洗ってきますね」
そう言うと、巴が公園の手水場のある場所へと走っていった。 その姿を何とはなしに見送ると、橘はコート傍のベンチに腰を下ろす。
通常の部活に、家では受験勉強。 さらに追加でこのペアの練習。 ……さすがに、少々キツいものがある。
自覚している以上に疲れていたのかもしれない。 ベンチに腰掛けた橘は自分で認識する前に睡魔に襲われ、瞼を閉じていた。
「ふー、すっきりしたぁ。汗でベタベタだったもんね」
一方、こちらは今のところ疲労とも勉強とも縁がない巴。 小走りにコートへ戻ってくる。
「……ありゃ」
そこで眠り込んでいる橘に気がつく。
疲れているのかな。 やっぱ三年生だし、受験勉強とかもあるんだろうなぁ。
一緒にペアを組める事になって私は単純に喜んでいたけど、やっぱ負担をかけてるんだろうなぁ……。
そんな事を、少し思う。
時計を見ると、すでに休憩時間の十分は過ぎている。 このまま寝かせてあげたい気もするが、そうすると目が覚めたとき橘は練習の延長を主張するだろう。 結果、彼の休息時間が減るだけならば今起こしてしまってきちんと練習をこなして早く帰宅できるようにする方が得策だ。
そう、結論付けた巴はそっと橘を起こしに掛かる。
「橘さん、橘さん、…休憩時間が終わりましたよー」 「……」 「橘さーん、起きてくださーい」 「………」
声がする。 ……巴が呼んでいる。目を醒まさなければ。 まどろみの中でそう感じていた時だ。
「桔平さん、時間ですよー?」
「……っ!?」
一気に目が覚めた。 慌てて身を起こす。
「…と、巴、お前今……?」 「あー、やっと起きましたね? 橘さん、もう10分経っちゃいましたよ。練習はじめましょう!」
そういって微笑む巴からラケットを受け取ると、軽く首を振る。
(……勘違い、か……?)
下の名前で呼ばれたような気がしたのだが、寝ぼけていただけだろうか。
そんな事を考えていると、いち早くコートで構えている巴からまた声がかかる。
「どうしたんですか? 早く練習再開しましょうよ。 …それともまだ寝ぼけてます? 桔・平・さん?」
イタズラが成功した子供のような表情。 思わず、苦笑がもれる。
「全く……かなわないな……」
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