「じゃあ、今日はこのへんでお開きにしようか。 遅いから、家まで送ってくよ。女の子一人じゃ危ないしね」
汗をタオルで拭い取りながら千石が言う。
月刊プロテニス杯に向けての練習を本日から開始したのだが、通常の部活のあとに行なっているのでもう随分と時間は遅くなってしまった。 お互い部活はおろそかにできない上、日数も少ないので仕方の無いことではあるが、練習をはじめた時点からすでに日は暮れ始めている。
「ありがとうございま……くしゅんっ!」 「あれ、巴ちゃん、大丈夫?」
巴のくしゃみに、千石が心配そうな目を向ける。
「あ、はい。大丈夫です! きっと誰かが噂してただけですよ! 私、元気には自信がありますから!」
慌てたように巴が取り繕ったが、しかし千石もすぐには引かない。
「本当に? 夜になったら冷え込むんだから気をつけなきゃダメだよ? 大事な巴ちゃんに風邪引かせちゃいけないからね。ほら、これでも羽織ってて」
そう言うと自分のジャージの上着を巴の肩にかける。
「でもそれじゃ千石さんが寒くないですか?」 「オレのことはいいから巴ちゃんのこと! 風邪は引き始めがカンジンなんだから、ね?」
ここまでは、いつもの千石のペースであった。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
巴が、千石のジャージを羽織る。 その姿をみて、ちょっと驚いた。
小さい。
巴は自分と身長も10cmも差が無い。 だからもっと大きいようなイメージを無意識に抱いていたのだが 今、目の前の彼女が羽織っているジャージは肩の線もかなり下がってしまっているし、袖口も余っている。 横幅も当然余っているし、裾も長い。 つまり、全体的にぶかぶか。
自分にはぴったりのジャージが。
別に、そう思っていなかったわけじゃないんだけど。 巴が華奢な女の子だと言うことを再認識する。
「千石さん? どうかしました?」
千石の内心の動揺には気がつかない巴が怪訝そうに千石の顔を覗き込む。 思わず赤面する。 街頭の明かりの下で顔色が判らないのを祈るばかりだ。
「いやっ! な、なんでもないよ? じゃ、帰ろうか? あんまり遅くなると家の人が心配するし、ね?」
「はいっ! でも、千石さんが一緒だから心配はしてないと思いますよ?」 「(あんまり信用されても困るんだけどねぇ……)」
「え、何かいいました? 千石さん」 「いーや、何も?」
内心溜息を付く。 巴とのペア。ラッキーではあるけれど、この7日間はけっこう消耗が多そうだ…。
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