「ただいまーっ!」 「ただいま」 駆けてくる足音、そしてドアが開く音と同時に響き渡る元気のいい声とその隙間から聞こえるテンションの低い声。 巴とリョーマの帰宅だ。 「ただいまー、カルピン」 「ほあら〜」 「止めてやってくんない。暑苦しい」 「別にカルピン嫌がってないじゃない」 「どうだか」 今まで全力でテニスに打ち込んでいたというのにまだ元気に口喧嘩だ。 毎日毎日よくぞまあネタが尽きないと感心する。 それでいて四六時中行動を共にしているのだからわからない。 もっとも、リョーマにそれを言うと『付き合わされてるだけ』と苦々しい顔で激しい拒否を食らうだろうが。 「よ、お帰り、青少年たちよ」 南次郎が声をかけると、もめていたはずの二人が意外なものを見たように黙り込む。 「どした?」 「親父気持ち悪い」 「気持ち悪いとはなんだ、ステキなお父様に向かって」 そうは言ってもニヤニヤしているその様子は『気持ち悪い』と評されても無理はない。 「おじさん、なんか良いことでもあったの?」 「……ま、ちょっとな」 巴の質問に、南次郎は口許を更に弛ませる。 巴の印象では、これはイタズラが成功した子供の笑顔と同じだ。 そしてその直感は、正しい。 その時だ。 ピンポーン、ピポピポピポピポ、ピンポーン! 半ばヤケクソのような勢いで玄関のチャイムが鳴らされる。 チャイムとゲームコントローラーを勘違いしているんじゃないだろうかといいたくなるような連打。 そんなに鳴らさなくても、とぼやきながら玄関口に戻る巴の背に、南次郎の一人言のような声が届く。 「予想以上に早ぇな……」 南次郎にはこの性急な客が誰かわかっているのか。 訊ねようとしたが、それより先に『性急な客』が勝手にドアを開けて入ってきた。 「南次郎、お前どういうつもりだ!」 「お父さん?」 息を切らしながら姿を見せたのは京四郎だ。 どこから走ってきたのか汗だくで、肩で息をしている。 まさか岐阜から走ってきたなんて事はありえないけれど、一瞬そう思ってしまうくらいの勢いだ。 「……とりあえず、水くれ、巴」 巴もわけがわからないなりにとりあえず今度は台所へと走る。 一方、玄関口にへたりこんだ京四郎とそれを満足気に見ている南次郎を眺め、リョーマが半眼で問う。 「……親父何やらかしたの」 激しく嫌な予感がする。 そして残念なことにこうした予感は大抵当たるものだ。 リョーマのその判断も、やはり正しい。 「別にぃ? やらかすだなんて失敬だぞ。 俺はただオマエの代わりに巴はこのままうちにもらっとくっつっただけだぜ。なあ京四郎?」 「……なッ!」 「誰がやるか!」 リョーマが絶句したのと、京四郎が怒鳴り付けたのとはほぼ同時だった。 そして冷えた麦茶を入れたコップを持って巴が再び姿を見せたのも同時。 タイミングがいいのか悪いのか。 「……はい、お父さん」 とりあえず、コップを京四郎に渡す。 何事もないかのように。 とりあえずそれを受け取って飲み干した京四郎に巴が冷めた声で言う。 「で、そんなおじさんのタワゴトを本気にしてわざわざ来たの?」 「タワゴト……」 確かにその通りなのだが。 思わず小声でリョーマがつぶやいた事に巴は気が付いていない。 けれど、バッチリ南次郎と京四郎の耳には届いてしまっている。 「しかし万が一って事もあるだろう」 「ない。 万が一も億が一もない。絶対にあり得ない!」 だめ押し。 南次郎がチラリとリョーマの方を伺い見たところ、凄い形相で睨み付けられた。 「ねえ、リョーマくん?」 ここで同意を求めるってどうなんだ。 「……当たり前じゃん。バカバカしい」 「ほらね」 血の涙が見える。 南次郎は密かに息子に同情した。 パタパタと足音がしたかと思うと階段から菜々子が姿を見せ、京四郎の姿を認めて笑顔を浮かべた。 「あら、賑やかだと思ったら巴さんのお父様。 おじ様もそんなところで立ち話もなんでしょう? 客間でお話になったらいいのに」 そういって奥の間を指し示す。 賑やかってレベルかなぁこれ。むしろ殺気立ってる気がするんだけど。 その場にいた全員が同じように思ったが邪気のない菜々子に水を差す気にもならず、おとなしく移動するのだった。 |