客間は日中戸を開け放っているので風がよく通り、比較的過ごしやすい。 縁側では日陰になる場所を見極めたカルピンが陣取ってのんびりあくびをしている。 もっとも、その室内では今現在暑苦しい会話がされているのだが。 「クソ、巴を預ける時点でもう少し考えるべきだった」 「だーかーら、取り越し苦労だってば」 「つーか京四郎、何が気にいらねえんだよ」 「なにもかもだ!」 ばん、と座卓に両手を突くと身を乗りだし主張する。 「第一に、巴はまだ子供だ」 「子供だから心配する必要ないんじゃない」 当の本人の主張は黙殺される。 「第二に、そもそもリョーマくんに巴をやるという発想が論外だ」 「なんでだよ。 リョーマだって好物件だぜ?」 不動産のような扱いをされたリョーマが南次郎を睨むが、柳に風である。 「第三。 倫子さん一人の子ならともかく、リョーマくんはお前の子でもある。 しかも似てる。理由はそれで充分だ」 「オマエ、仮にも医者がその発言どうよ」 「……こんなのと似てるなんて心外なんすけど」 「第二と第三、内容が被ってますね」 抗議する越前親子と、微妙な突っ込みを入れる菜々子。 この室内で唯一にこにこと楽しそうな顔でやり取りを見守っている。 いい大人を我に返らすには充分だ。 「で、今日はどうしたんですか?」 「え」 のんびりとした口調で訊ねる菜々子に巴がきょとんとした表情を見せる。 どうしたもこうしたも、南次郎と言い争いをしにきたのではないのか。 そう思いながら京四郎を見ると、多少バツの悪そうな顔をして、傍らのカバンから袋を取り出して、巴に差し出した。 「そうそう、これをお前に渡そうと思って来たんだった」 大き目の厚みの少ない袋の中を覗き込んだ巴の目が見開く。 横から覗き込んだリョーマの目に入ったのは紺地に鮮やかな卵色の桔梗の模様の入った、浴衣だった。 そういえば、もうすぐ地元の花火大会だ。 「わざわざこれ持ってくる為に来てくれたの?」 「南次郎のくだらん挑発に乗ってやってくるよりは自然だろう」 いや、そうでもない。 「つーかお前なに今更本気じゃなかった振りしてんだ」 もっともな南次郎のツッコミを京四郎は軽く受け流す。 さすが付き合いが長いだけある。 「ハハハ、ありえないだろう」 「初めから私がそう言ってるじゃない!」 「……ところで巴、また少し背が伸びたか?」 唐突に話題を変えた京四郎の言葉に、リョーマがピクリと反応する。 巴があっけらかんとその質問に答える。 「うん、前に測ったときは162cmだったんだけど、多分もう少し伸びてると思う」 その瞬間、はっきり京四郎がリョーマの方に視線を投げた。 少なくとも、リョーマはそう感じた。 絶対あの人今こっち見た。 「そうか。まだ成長期だものな」 そして、小さな声で「うん、ないな」とつぶやいたのも、これまたはっきりとリョーマの耳には届いてしまっている。 「……しかしまあ、お前も子供離れできてないなぁ」 「お前が言うな」 湯飲みに手酌で酒を注ぎながら言う南次郎に、あたりめを口にくわえながら京四郎が言い返す。 空の色がオレンジから藍色へと変化していくうちに、スムーズにこちらも酒宴へと様相を変えている。 湯飲みになみなみと入った酒を飲み干し、息を吐く様子は溜息にも似ている。 「まあ、俺がどうこういってもいずれは勝手に親離れするだろうよ」 「お、わかってんじゃねえか意外に」 「そりゃそうだ。……ただ」 乱暴に南次郎の手から一升瓶を奪い取り、どぼどぼと湯飲みに酒を注ぐ。 「そりゃまだ、今じゃない」 客間から避難した巴が溜息をつく。 「あーあ、お父さんが来たらいつも大騒ぎなんだから」 「お前の親父だからね」 「ちょっと、それ、どういう意味よ」 巴が頬を膨らます。 どうもこうもそのままの意味だ。 巴が来てからどれだけ周囲がやかましくなったか。 「ねえ、リョーマくん」 「何」 不意に改まってこちらを向いた巴に、少しリョーマはドキリとする。 平静を取り繕って返事をすると、こんな事を訊いてきた。 「お父さんがあのまま私をつれて帰るって行ったら、困った?」 意表をついた質問に、言葉に詰まる。 はぐらかそうかと思ったけれど、じっと巴がこちらを見ているのでそれもままならない。 「そりゃ、まあ、パートナーなんだし」 なんとかそう答えると、巴はほっとしたように笑う。 「……うん、私も困る。 ここでリョーマくんのパートナーでいたいし」 テニスだけにおいてのパートナーなのか、それ以上なのか。 それはわからない。 けれど、あんまり巴が嬉しそうな笑顔を見せるので、問いただそうという気にもあまりならなかった。 「赤月」 「なに?」 口を開こうとしたその時、不意に少し前の京四郎の言葉が脳裏に蘇る。 『うん、ないな』って言った時、ぜったいあのオッサンこっちを見て意地悪く笑った。 あの瞬間リョーマの身長を値踏みしたのは間違いない。 急に憮然とした表情になり黙り込んだリョーマに巴が首をかしげる。 「どうかしたの?」 「なんでもない。……お前、身長162だって言ったっけ」 「うん。もう少し伸びてると思うけど」 さっきと同じ巴の答えに、これから牛乳飲む量をさらに増やそうと心に誓うリョーマだった。 |