「はい、もしもし?」 『よう南次郎』 「なんだお前か。どした」 電話口から聞こえてきた、ひどく耳慣れた声に南次郎は髪一筋程度でも改まっていた声を即座に引っ込めた。 『お前に用がある訳じゃない。うちの瓜坊いるか?』 「巴? アイツならちょうど今リョーマとテニススクールに行ってるぜ」 今日は休日であり、部活も休みだ。 しかしそんな日でも巴とリョーマがラケットを握らない日などごく稀だ。 昼過ぎには二人揃ってスクールに向かうのが部活のない休日の日常風景となっている。 なので、日中に電話をかけてきた京四郎が肩透かしを食らう事はそれほど珍しくない。 『ああ、そうか。 ……仲良くテニスに励んでいるようで何よりだ』 いない事を残念がるよりも、安堵の声が受話器から聞こえてくる。 テニスラケットを握ったことすらない巴を青学に入学させて、はたしてこちらの思惑どおりプレイヤーとして育ってくれるか。 半ば賭けのようなものだったが今のところ期待以上に巴はテニスに夢中になっている。 「おう。 うちのガキもいい刺激になってるみてぇだしな」 『そういえば二人は今ペアを組んでるんだっけな』 毎日傍にいる南次郎と違い、京四郎の知識はたまの娘からの電話やメールのみである。 従って常に最新の情報を持っているわけではないので京四郎はしばしばこういう確認するような話し方をする。 『仲良くやってるようで何よりだ。 倫子さんには迷惑かけてないか?』 「俺は?」 「お前にはいくら迷惑をかけてもかまわん」 ヒデェ、と受話器の向こうから抗議の声が聞こえるが京四郎は意に介さない。 そもそも常にのらりくらりとしたいことだけをして過ごしている南次郎多少の迷惑がかかろうとどうという事はない。 むしろ逆――南次郎が面倒をかける場合――の方が簡単に想像がつくが、それを口にしないのはさすがに巴を預けている身であるという自覚があるからだ。 親しき仲にも礼儀あり。 「ま、倫子も助かってるみたいだぜ? たまに台所仕事も手伝ってるみたいだし。 しっかしガキのくせに料理上手いなアイツ」 『俺の娘だからな』 受話器越しでもはっきりわかる得意気な声音。 南次郎の台詞は受け取りようによっては小学生に家事をさせていたのか、という京四郎への批判ととれなくもないのだが。 もっとも、わざわざそんな遠まわしのイヤミを南次郎が言うわけがないと熟知されているとも言えるが。 この親バカ、と受話器から口を離して南次郎は呟く。 「片付けとかはさっぱりだけどな」 『俺の娘だからなー』 同じセリフではあるが込められたニュアンスがまるで違う。 都合のいい誉め言葉以外は聞き流すつもりのようだ。 『ま、すまんが卒業まで数年、宜しく頼む』 正確には倫子さんに宜しく頼んでおいてくれ、だけどな。 そんな余計な一言が付け足され、ムッとした南次郎がさらに余計な事を言う。 「へーいへい。 卒業までなんてケチな事言わねぇでこのままうちに貰ってやるよ」 受話器の向こうに沈黙が走った。 動揺してる動揺してる。 『……どういう、意味だ』 「このままうちの嫁にもらおうじゃないか、って言ってんだよ」 『な』 「いやぁ、お前の自慢の娘だけあって巴は悪くねえよ。 何よりお前に似てねえのがいい! リョーマのヤツだって満更でもねえんじゃねーか?」 『…………!』 ガチャン、ツー、ツー、ツー。 勢いよく電話が切れた。 おそらく受話器を叩きつけたのだろう。 仕事用以外に携帯を使わない京四郎ならではの反応だ。 「バーカ」 南次郎は電話口の向こうに先程まで繋がっていた相手に見せるかのように舌を出した。 |