間違えた。 スミレは舌打ちをすると練習問題のプリントの下書きを乱暴に丸めてゴミ箱に投げ捨てる。 『なんでアイツの退部届け受け取ったりしたんだよ!』 不意に、先日怒鳴り込んできた南次郎の顔を思い出して、またぞろ怒りがこみあげてきた。 何もこちらだって好きで受け取った訳ではない。 受け取らなくて済むものならそうしていた。 越前に赤月。 希有な才能を持った選手が二人。 これほど恵まれた年はない、と思っていた。 京四郎の腕が壊れた原因は自分にもある。 まだ身体が出来きっていない中学生の身に収めるには彼の放つ技は威力が高すぎたのだ。 中身の密度が高すぎると、容器はそれに耐えきれない。 その実力所以の破滅。 それを見抜いて力を抜かせるだけの目が自分にはなかった。 ただ目の前の才に有頂天になっていただけだ。 我ながらなんと情けない事か。 京四郎だってそのことは分かっているだろう。 だけれど、彼は竜崎に何も言わなかった。 いっそ責めてくれた方が気が楽だ。 ……まあ、本人に直接そんなことを言ったところで、答えは見えているのだが。 『んなこと言ったって竜崎、真剣勝負で力のセーブなんて出来るワケないって』 きっとそんなことを言って笑うのだ。彼は。 そうやって誰も責める事が出来ないから、今、ああやって苛立ちを抱え込んでいる。 「先生、竜崎先生!」 柄にもなく感傷的な空気に浸っていた竜崎だったが、けたたましい足音と大声、そして引き戸を 乱暴に開ける音でそれはあっけなく破られた。 「竜崎先生……」 「廊下は走るな!」 顔を出して何事か言おうとした生徒が、竜崎の怒声に慌てて首をすくめる。 その様子はまるで亀のようだ。 「で、なんだい?」 「あ、そ、そうです。さっき越前と赤月が連れだってコートの方に……」 「……別に二人がどこに行ったって、いちいち目くじら立てる事はないだろうさ。 教室で殴り合いでもしてるってんならまだしも」 若干呆れたように言う竜崎に、慌てていた生徒も少し頭が冷えたようだ。 「あ、あれ、そういえばそうですね。雰囲気悪かったし、あの二人なんでつい……でも、あの二人ですから」 ため息をつく。 その気持ちも、まあわからないでもないからだ。 実際問題あの二人はトラブルメーカーで、三日に一度はこうやって竜崎の所に生徒が駆け込んで来ている。 担任でも、他の教師でもなくまっすぐ生徒が竜崎のもとに向かう理由はひとつ。 あの二人の手綱を引けるのは竜崎をおいて他にいないからだ。 「まあ、心配ないと思うが気が向いたら覗いて見るよ」 数分後、スミレの目に入ったのは、 南次郎とネットを挟んでコートに立つ、京四郎の姿だった。 右手にはラケット。 そして、左手にはテニスボールを手にして。 |