通りがかる青学の生徒がこちらを盗み見ながらひそひそと話しているのが視界の端に映る。 まあ、目立っているのだろう。 折りしも時は部活終了後。 校門前を通る生徒の数は多い。 しかし、跡部の目的の人物は結局姿を現さなかった。 「あの……モエりんなら先に帰りましたけど」 代わりに姿を見せた小鷹に、そんな風に声をかけられる。 どんな手段を使ったのかは知らないが、どうやらまた逃げられたらしい。 小鷹の言葉が本当かどうかはともかくこのままここで待っていたとしても巴を捕まえられる可能性は限りなく低い。 「そうか」 「モエりんと何かあったんですか?」 簡潔にそれだけ言うと踵を返す跡部に、背後から小鷹が尋ねた。 「さあな」 何も無い。 実際にはそれが答えだ。 何も無いから、跡部には何も分からないのだ。 目があった。 向こう側に立っていた忍足がこちらに手を振っているのが見えた。 思わず動揺して足を踏み外しそうになる。 危ない。 巴が今立っている場所は、とういうか足をかけているのは青学の校舎裏フェンスの上である。 一瞬このまま校内に戻ろうかとも思ったが巴のバッグは忍足の足元である。 フェンスを乗り越える前に向こう側に放り投げてしまったそれをそのまま置いていくわけにもいかない。 諦めておとなしく目の前に下りていくより他はないのだ。 大変(巴にとっては)気まずい空気の中、もそもそと降りてくると、忍足が転がっていた巴のバッグを笑顔で手渡した。 「お疲れさん」 「…………なんで、忍足さんこんなところにいるんですか」 もっともな巴の質問に、忍足は簡潔に答える。 「巴がここらへんから来そうな気がしたから」 「普通そんな発想はないと思いますが」 実際問題その通りに姿を現してしまったのだから立つ瀬はないが。 「じゃあ、巴はなんでこんなとこから降りてきたん?」 質問返しに、巴は言葉を詰まらせる。 答えは簡単。 正門からは帰れなかったからだ。 「正門のとこに跡部さんがいたよ」 そう巴に教えてくれたのは那美だった。 即座に自分はもう帰った事にして欲しい、と頼み込んだのはいいがさて正門を通らないことには帰れない。 部室でぼーっと待機していると部長に追い出される。 結果、思いついた最前の方法がこれだったのだが、こんな伏兵が待ち構えているとは夢にも思わなかった。 「まあ、このルートは跡部には思いつかんやろな。……心配せんでも別にチクったりせえへんて」 横道にそれるとか、裏から逃げるとかいう単語は跡部の辞書にはなさそうだ。 だからこそ巴もフェンス越えなんていう女子中学生にあるまじき選択をしたのだが。 最後の忍足の言葉に巴はいぶかしげな顔を浮かべた。 だったらどうして忍足はここにいるのか。 「なんかあったん?」 どこまで知っていて、どこまで知らないのか。 全く巴に読ませること無く忍足は軽い口調でそう言った。 「……なんにもないですよ」 このしばらくで、何度も繰り返した台詞。 なんにもないのだ。 表面上は。 ただ、内面だけがそうでないのが問題なのだ。 「そうか?」 深く問いただそうとはしない。 少し先を歩く忍足のその態度は逆に巴の気を楽にさせた。 だから、つい口が滑った。 「……忍足さんはいいなあ」 「は?」 「私も、忍足さんになりたかったです。 男で、氷帝テニス部で、そういう状態で跡部さんに会いたかったです」 少しの沈黙が走る。 巴の言葉の意味を考えているようだ。 「……俺は別に跡部とペア組んでるわけちゃうけど」 「知ってます」 忍足に、ではなく単に言葉を口にしてしまうことで楽になりたいのだろう。 「私、跡部さんのパートナーになりたかったんです」 本当にそう思ってた。 跡部が自分を女の子としては見ていないことくらいは知っていたし、それでよかった。 『一番大切な人』 たったそれだけの言葉に自分が動揺するなんて、思ってなかったのだ。 越前家の前まで巴を送り届けると、一つ息を吐き、忍足はポケットから携帯を取り出した。 二言三言、言葉を交わすと唐突に本題に入る。 「跡部、ちょっと訊いときたいんやけど。 ……お前が今会いたいんは、誰や? そうや、そやから。お前が今探しとんのは、ダブルスパートナーの巴か、一人の女の子の巴なんか、どっちなんかな」 前者ならば話は簡単だ。 巴の言うとおり、しばらく待てばいいだけの話だ。 しかし、後者だとしたら。 跡部が手に入れたいものは、指の間からすり抜けて消えてしまうだろう。 |