初恋






「はー……」

 大きく溜息をつく。
 その理由は明白だ。


 今日は休日である。
 そして、外はこれ以上ないと言う好天。
 つまり巴にとっては『テニス日和』と言う奴である。
 それが何とも恨めしい。


「跡部さんとテニスしたいなぁ……」


 もうどれくらい跡部とテニスをしていないんだろう。
 自業自得だとは分かっているんだけど、物足りない。



 けどまだダメだ。
 まだ気持ちの整理はつかない。



 バカみたいだ。
 その自覚はちゃんと巴にもある。
 『好き』が特別な意味を持ったのは、多分結構前のことだ。
 きっとずっと、恋をしていた。

 それが一方通行ではないのかもしれない、そう思ってしまったのがいけない。
 ずっとパートナーのつもりだったのに。
 急に女の子扱いされると、こちらとしてはどうしたらいいのか分からない。


 変わってしまうのは怖い。
 ずっと、同じがいい。
 コートの中で、一緒にボールを追っていられれば、それでいい。
 汗と泥にまみれてコートを駆ける自分にペンダントは似合わない。




「……よし!」

 後ろ向きな考えを振り払うように首を振ると、ラケットを手にして立ち上がる。
 先程リョーマには断られたが、ひょっとすれば南次郎が練習に付き合ってくれるかもしれない。

 勢い良く部屋の戸を開いた巴は、そのまま硬直した。



「随分元気そうじゃねえか」



 目の前に、跡部が立っていた。




 慌てて戸を閉めようとするも、一歩遅く跡部に戸を掴まれる。
 巴の全力では到底跡部には敵うべくも無い。


「な、なんで跡部さんがいるんですか! 人の家に!」


 それでも必死に抵抗しつつ巴が抗議すると、さして苦労も感じさせず巴の抵抗を無にしつつ、跡部が答える。


「心配しなくても不法侵入じゃねえよ」
「……リョーマくんの裏切り者〜!」


 巴を訪問してきた客を無言で巴に伝えず家に上げてしまう人間なんて越前家には一人しかいない。
 ちなみにリョーマ本人は面倒ごとに関わる気はない、と早々に家から出て行っている。


 無駄な抵抗を諦めた巴から跡部がラケットを取り上げ、さっさと先に歩く。
 てっきり何か言われるものだと思っていた巴がどうしたらよいものやら逡巡していると、不意に跡部が振り返った。


「練習、行くぞ」
「え、あ……はい」



 練習帰りに家まで送ってもらう事はあっても、練習前に家まで迎えに来てもらうことなんて無いので、勝手が違う。
 跡部は殆ど振り返ることなく歩いていくが、ラケットを握られているので巴もおとなしくついていく。


 しばらく、二人とも無言で歩いていた。
 空気の重さに巴は、やっぱり跡部さん怒ってるなあ、そりゃ理由もなく逃げ回られたら怒るよねえ、と思いながらも口火を切る勇気は無い。
 スクールが目の前に見えてきた頃に、跡部が唐突に口を開いた。



「忍足の奴が」
「え」


 唐突に出た名前に巴は体を硬くする。


「この間、忍足に訊かれた。
 俺が今探しているのはテニスプレイヤーのお前か、一人の女子としてのお前か、どっちだと」
「…………」
「お前は、テニスプレイヤーの方を取ろうとしてるわけか」



 その通りだ。
 だけどなんと答えていいものやら分からずに、ただ巴はうつむいた。



「巴」

 名を呼ばれ、意を決して顔をあげる。
 その鼻先に人差し指を突きつけられた。



「言っておくがな。
 俺様は二者択一なんてケチな真似はしねえんだよ」
「……へ?」


 思わずマヌケに聞き返した巴に、跡部はその鼻先を指で弾いた。





「ダブルスパートナーとしてのお前も、それ以外のお前も、逃がすつもりなんてねえんだよ。覚悟しとけ」




 そういうと、巴の手を掴み、コートの方へと歩を進めた。

「さ、テメェのせいで随分間が空いたんだ。今日はその分充分に穴埋めさせてもらうからな」
「跡部さん、わ、わかりましたから手離してください!」

 人目を気にして真っ赤になりながら手を振り払おうとする巴に、跡部はいつもの不遜な笑みを浮かべると、耳元で低く囁いた。



「放すわけねえだろうが。バーカ」




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一年くらい寝かしてた話。
ちなみに書き始め当初は忍足はいませんでした。滝でした。
部室での会話だったんですが跡部はそういう私的なことあんまり部室とかでしゃべらなそうだったんで書き直したら忍足に。
バレンタインで『テニス仲間と思ってた』と豪語した跡部様、一月で『大事な人』になっちゃうんですよねえ(笑)。
2009.12.13


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