練習が終わった後、一息ついたのち巴は携帯を取り出してメールを打つ。 送信先は忍足だ。
別にとりたてて用件があるわけでもない。 ただ、日常のことを送る。
始めは電話で話していたのだが、お互い部活に忙しく、特にここ最近は学校行事にテスト、大会と立て続けに予定が重なって電話をしてもお互い繋がらない事が多くなった。 なので、メールに変更したというわけだ。
それが、建前。
本音は、逃げたのだ。
電話をかけて、コール音が続き、突然留守電に切り替わる。 その繰り返しの不安に自分が耐えられなくなっただけ。
メールなら、リアルタイムじゃなくても言葉は伝えられる。 その手軽さに逃げたのだ。 それから一ヶ月。 お互い忙しくて会えなくなっているのは、もっと前。
と、物思いにふけっていると手に持っていた携帯が急に震えだしたので驚いた拍子に取り落としそうになる。 そういえば部活中にマナーモードに切り替えたままだった。
忍足からの返信。 今日は、早い。
『お疲れさん。 今日はうちも練習終了』
普段の忍足とは違い愛想もへったくれもないメールである。 当然といえば当然なのかもしれないが関西弁もあまりない。 このギャップにももう慣れた。
「忍足さんも今日はもう終わりなんだ……」
電話、してみようかな。
そんな事を思う。 電話よりメールにしようと言い出したのは自分なのだが、そろそろ声でも聴かないことには耐え切れない。 自分でも勝手だな、とは思うのだけれど。
声が聴きたい。 話がしたい。
顔が見たい。
一緒にいたい。
言葉に出せない思いはすでに飽和状態だ。
意を決して電話を手にとる。 当然登録してはあるけれど、自分の携帯以外で一番初めに暗記した携帯番号。
「はい、……巴か?」
数回のコールの後、耳に届く忍足の声。 よかった、今は時間があったみたい。 耳元に心地いい、ずっと聞きたかった声。
「忍足さん、練習お疲れ様でした!」
「どないしたん? 俺に会いたなったん?」
からかうような忍足の言葉に笑い返しながら、内心少しがっかりする。 こんな風に冗談に出来るということはそれほど忍足は寂しいとは思っていないのかも。
たかが一ヶ月。
そうなのかもしれない。 それだけでこんなに寂しくなっている自分の方がもうおかしいのかもしれない。
「あはは、そうですねー。 ちょうど忍足さんも練習が終わったところだっていうから、今なら電話しても大丈夫かなって。 ずっと声を聞いてなかったですから。元気そうでよかったです。 ってまあ、メールはしょっちゅうもらってるんで元気なのは知ってますけど」
口元だけがが上滑りするように言葉を紡ぎ続ける。 変な泣き言をいって忍足を困らせるのは嫌だ。 だったら強がりでも平気なフリをしたい。
「……やっぱ声くらいは聞いとかんとあかんな」
と、急に忍足が呟くように言う。
「え?」
「今練習後や言うてたな。ほな今はまだ学校か? ん、そんならいつもの公園に……いや、ええ。 家まで行くから待っとれよ」
立て板に水のように言うと、こちらがろくに返事をする前に突然、一方的に電話が切られた。
なんでそういうことになったのかよくわからないけど。 忍足さんが、 今から、 こっちに来るってこと?
…………なんで?
とりあえず、何はさておき巴がやったことはすぐに家に帰って着替える事だった。
そして携帯を握り締めたまま、玄関口で待つ。 そんなに早く着くはずがないとわかっているのだけれど。
さっきから頭の中ではずっと疑問符が回っている。 余計な事は何も言わなかった筈だ。 それでも、自分の気持ちがひょっとしたら忍足にはわかってしまっているのだろうか。
ついに携帯が鳴った。 着信元を確認もせずに玄関から飛び出していく。
「忍足さん!」
やっぱり、忍足がそこにいた。 バス停からここまで走ってきたのだろうか、少し息が荒い。
彼女の姿を認めると、巴に苦笑に近い笑みを見せる。
「アホやなあ、会いたいんやったら素直にそう言うたらええねん。 別に地の果てにいるんとちゃうんやから、いつでもこうやって来たるで?」
やっぱり、バレてしまっている。
「なんで忍足さんにはわかっちゃうのかなあ。 他の人はごまかせたつもりなんですけど」
巴の言葉に、笑って忍足が答える。
「そら、愛があるから」
「また忍足さんはそういうことばっかり」
ぬけぬけと言う忍足に、思わず巴は吹き出した。 笑ってしまってから、これは忍足なりの気遣いなのだと気付く。
いつもいつも、気がつけば自然と支えられている。 甘えてばっかりだ、自分は。
「……ごめんなさい。 迷惑かけたくないからワガママは言わないようにしようって思ってたんですけど」
と、急に視界がふさがった。 忍足に抱きしめられている。
「お、忍足さん!?」
「謝るんはこっちや。不安にさせてすまん。 巴は直情型やから会いたい時にはすぐゆうてくれるもんやと思いこんどった」
……直情型?
若干引っ掛かったが実際そのとおりだ。 少し前ならば会いたければ会いたいと素直に口に出せた。 今でも、他の人が相手ならば普通に言葉にしていただろう。
それを、見栄を張ったのは。 負担をかけたくないと思ってしまうのは。
やっぱり忍足がトクベツだからだ。
「…やっぱメールじゃ感情は見えへんな」
そんな事を言う忍足に、声に出さないで少し笑う。 感情を隠すためにメールにしたのだからそれは当たり前だ。
今、忍足の顔は見えないがその声で感情が見える。 安心できる。
すっかり依存症だ。
忍足が傍にいないと不安になる。 顔が見たくなる。
こんな自分は知らない。
……じゃあ忍足は? 自分が想っている半分でも、自分を必要としてくれているだろうか?
「忍足さん、じゃあ、忍足さんはちょっとくらいは私に会いたいな〜、とか思ってくれてました?」
口にして尋ねてみる。 少しの沈黙。
先に腕に加えられた力の強さが、次いで、言葉が答えを返す。 彼女を不安にも、幸福にもさせるたった一人の人が。
「そんなん、こっちも、とっくに限界やった」
忍足ver.
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