ほんの数秒、携帯がメールの着信を告げる。 巴からだ。
『お疲れ様です!
私は今練習が終わったところです。
もうヘトヘトです(^^;)』
他愛ないメールである。
すかさず返信メールを送る忍足に向日が声をかけた。
「なに、巴から? 仲いいな、お前ら」
「そら、付き合ってんのやし、当然やろ」 「でも、そのわりに全然会ってなくねえ?」
深く考えずに向日が言う。
「まあ……遠いしな。しゃあないやろ」 「大丈夫かぁ?」
痛いところをついて来る。 忍足は顔をしかめた。
確かに、もう巴とは一ヶ月以上会っていない。 どころか、向日は知らないがその間、声も聞いていない。
以前はメールではなく電話だったのだが、やはりお互いテニスの練習が忙しくすれ違うことが多い。 結局、メールにしようと巴が提案してきたのだ。
確かに、電話と違いメールなら相手の都合を気にすることなく送ることが出来るし、いちいち電話で伝えるほどでないことも気軽に伝えられる。 なにより時間に追われる事がない。
しかし電話と違いメールでは、巴の声すら聞くことができない。
声が聴きたい。 顔が見たい。 手に触れたい。
抱き締めたい。
しかしいつも脳天気な内容のメールを見ていると、そんなことを考えてんのはこっちだけか? と言う気になる。
あんまりこちらばかりが執着していると思われるのも嫌だ。 そんな訳で柄にもなくやせ我慢をしているのだが。
と、再び忍足の携帯が鳴った。
何か聞き覚えのあるメロディ。 横にいた向日には曲名がわからなかったがどうせ甘ったるい映画の主題歌かなんかだろうから聞かない。
一方、忍足は動転した。
巴だ。
今の今まで考えていたことが巴に筒抜けなのかと思うくらいのタイミングの良さ。 すぐに通話ボタンを押す。
「はい、……巴か?」
「忍足さん、練習お疲れ様でした!」
耳元に心地いい、ずっと聞きたかった声。
「どないしたん? 俺に会いたなったん?」
忍足の軽口に笑い声が返る。
「あはは、そうですねー。 ちょうど忍足さんも練習が終わったところだっていうから、今なら電話しても大丈夫かなって。 ずっと声を聞いてなかったですから。元気そうでよかったです。 ってまあ、メールはしょっちゅうもらってるんで元気なのは知ってますけど」
相変わらずの元気で明るい声。 しかし。
「……やっぱ声くらいは聞いとかんとあかんな」
「え?」
わかっていない巴に構わずそのまま続ける。
「今練習後や言うてたな。ほな今はまだ学校か? ん、そんならいつもの公園に……いや、ええ。 家まで行くから待っとれよ」
まともに返答も聞かずに電話を切る。
「ほな、そういうワケでちょい急ぐんでもう行くわ」
それだけ言うとさっさとその場を去る。 あ、走りだした。
向日には何がそういうワケなのかサッパリわからないが、とりあえずおう、と返事をする。 そして駆けて行く忍足の後ろ姿を見送ると誰に言うでもなく呟いた。
「…………けっこーバカだな、アイツ」
巴の、――正確には越前の家だが――にたどりついた時には既に日は落ちきっていた。 ベルを鳴らそうとして一瞬逡巡し、結局ベルは鳴らさず再び携帯を手にする。
ワンコールで家から巴が飛び出して来た。
既に制服から私服に着替えている。 それが出来る程度には離れた距離が二人の暮らす距離だ。
「忍足さん!」
巴の表情を見て自分の判断が間違いでなかったことを確信する。
「アホやなあ、会いたいんやったら素直にそう言うたらええねん。 別に地の果てにいるんとちゃうんやから、いつでもこうやって来たるで?」
もっとも、これは自分自身へ跳ね返る言葉だ。 格好をつけてごまかしている分だけ、こっちの方がタチが悪い。
「なんで忍足さんにはわかっちゃうのかなあ。 ちゃんとごまかせたつもりだったんですけど」
「そら、愛があるから」
しゃあしゃあと言う忍足に巴が笑う。
「また忍足さんはそういうことばっかり。 ……ごめんなさい。 迷惑かけたくないからワガママは言わないようにしようって思ってたんですけど」
目を伏せて言う巴を忍足は急に抱き締めた。 身体が勝手に動いた。心のままに。
「お、忍足さん!?」
「謝るんはこっちや。不安にさせてすまん。 巴は直情型やから会いたい時にはすぐゆうてくれるもんやと思いこんどった。 …やっぱメールじゃ感情は見えへんな」
いつになく素直に言葉がでる。 彼女じゃなきゃこんな自分は絶対に見せない。
巴だけだ。
「忍足さん、じゃあ、忍足さんはちょっとくらいは私に会いたいな〜、とか思ってくれてました?」
この期に及んでそんなことを言ってくる巴に思わず苦笑する。 どこまで行ってもこの鈍さは変わらないのだろう。
腕に込めた力を強くして、忍足はその言葉を巴に告げる。
「そんなん、こっちも、とっくに限界やった」
触れたくてしょうがなかったその身体を腕の中に封じ込めたままで。
巴ver.
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