「…………」
さすがの跡部も、少し驚いた。
時刻は消灯少し前。 自主練習を終えて風呂に入り、帰ってきたところである。 部屋の様子は出て行ったときと別段変わりはない。 ……たった一つを除いて。
部屋の手前側にある跡部のベッド。 そこから見える長い髪。 眠っているのは紛れもなく巴。
「……いい度胸してんじゃねぇか……」
このまま寝てやろうかとも一瞬考えたがこの部屋は二人部屋である。 じきに、裕太も帰ってくる。
「巴。起きろ」 「う……あと5分……」
完全に寝ボケている。 今度は耳元で呼んで見る。
「起きろって言ってんだろ。さっさと起きろ、巴」 「ん〜、…………跡部さんっ?」
耳元に響く低めの声。聞き覚えはあるが寝起きに聞くには違和感があるような…………!? やっと意識が戻ったらしい。 ガバリと跳ね起きる。
「え、え、な、なんで、跡部さんが私の部屋に?」
状況が理解できず動転している巴とは対照的に跡部は憎らしいほどに冷静そのものである。 ベッドに腰をおろすと何とはなしに巴の髪を一房、手にとる。
「安物のシャンプー使ってやがるな、巴。香りが鼻につく」 「安物ってでもこれ、合宿所のお風呂場にあったシャンプーで……じゃなくてっ!」
「落ち着いて周りを見ろ」
言われて、ベッドの周囲を見渡す。 間取りは全く同じだが当然置いてある荷物が違う。
「ここ、私の部屋じゃない……です、ね」 「そうだな」 「ひょっとして、……跡部さんの部屋……?」 「だから、俺様がここにいるんだろ?」
この合宿所には中央と端に階段が設置されているのだが、巴の部屋は端の階段を上がってすぐ、跡部の部屋は中央の階段を上がってすぐのところにある。 つまりすでに寝ぼけていた巴は中央の階段を上がったにもかかわらず端の階段を上がったつもりでそのまま跡部の部屋に入ってしまい、そのまま眠ってしまったのだ。 不幸にも、この部屋に鍵は掛かっていなかった。 相変わらず見事なまでの粗忽っぷりである。
「あああああ、すいませんーっ!」 「忍んでくるのはいいが、じきに不二も帰ってくるぜ?」 「ち、違いますっ!」
ニヤニヤと笑いながらの跡部の言葉に自分でもはっきりわかるくらいに顔が赤くなる。
「し、失礼しました! では、これにて!」
慌てて退散しようとする巴に背後から跡部が声をかける。
「おい、巴」 「……はい?」
「次は、邪魔の入らないところで来いよ」
「だだだだだだから、違うんですってばーっ!」
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