休憩所に向かうと自販機の傍に伊武の姿が見えた。
「伊武さん、こんばんはー」
返事がない。
もう少し近づいてみる。
「伊・武・さん! こんばんはっ!」
「……そんなに大きな声でわめかなくても聞こえてるよ。うるさいなぁ…」
いかにも面倒くさそうに伊武がこちらを向く。
「だったら初めから返事をしてくれたらいいのに。 一人ですか?」 「見ればわかるだろ。 それとも誰かいるように見えるの? だったら眼科にかかったほうがいいと思うけど。 ああでも動物は人には見えないものが見えるって言うしキミには見えてるのかもね…」
伊武の言葉に憤慨して反論する。
「何も見えてませんよ! 私のことなんだと思ってるんですか伊武さん! ちょっと挨拶しただけじゃないですか。だいたい伊武さんはいつも…」
「ああハイハイ。俺が悪かったよ。 これでもあげるから」
愚痴モードに突入しようとした巴に閉口して先程購入したばかりのスポーツドリンクを巴に渡す。 自分も常日頃さんざん言っているくせに人の愚痴を聞くのは嫌らしい。 ましてや自分への。
ジュースを受け取った巴はあっさり機嫌を直して椅子に腰掛ける。 新しく買いなおした伊武もまたその隣に座る。
このあたり、よく巴のことを分かっているといえる。
「はー、それにしても三日間なんてあっという間ですね。 明日でもう合宿も終わりですよ。なんだか物足りないです」 「…うちみたいな所だったらともかく、青学だったらここ並みの設備くらいは整ってるんじゃないの?」
伊武の言葉に、若干芝居がかった仕草で人差し指を左右に振る。
「分かってないですね、伊武さん。 一日中、しかも他校の人たちも一緒って言うのがいいんじゃないですか」
巴の言葉に、眉を寄せる。
「あー、そっか。 他校の奴らにチヤホヤされるのが嬉しいんだ。ふーん……」
「なんでそういう発想になるんですか! なんだか今日はいつもに増してからんでません?」 「別に。 見たままを言っただけだけど」
「別にチヤホヤなんてされてな……ひょっとして、伊武さん妬いてます? なーんて……」
「悪い?」
「は?」
「だから、妬いたんだったら悪いの?」
思考、一時停止。
え、ちょっと待って。 ってことは伊武さん、本当に妬いてるってこと? ということはつまり……え、え、え?
目まぐるしく視線をうろつかせ、口を開いたり閉じたり。 巴が狼狽、という言葉を見事に体中で表現している。
「……そっか、小うるさい一年はこうやったら静かになるんだ」
「ひ、人が悪いですよ伊武さん! あー、でもそうですよね。そんなはずないですよね。ビックリした〜。 って、小うるさい一年ってどういう意味ですか!」
「ほら、小うるさい……。 そんなはずないってどういう意味だよ、失礼だなぁ…大体俺嘘だとは一言も言ってないんだけどね…」
当然、最後の言葉は彼女の耳には入らない程度の声で。
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