トレーニングルームでは不二が一人壁打ちをしていた。
「不二さん、こんばんは!」
声をかけると初めて巴の存在を認識して振り返る。
「ああ、巴。 どうかしたのか?」 「まだトレーニングルームに誰かいるかなってのぞきにきたんですけど。 不二さんはずっと一人で練習していたんですか?」 「ん…そういえば、一人だな」
周囲を見渡して言う。 確か練習をはじめたときには他にも何人かいたような気がするがいつの間にか帰ってしまったようだ。 練習に熱中していたので気が付かなかった。
「壁打ちよりは相手がいたほうがやりやすくないですか。 私、相手になりますよ?」
意気込んで言った巴だったが、不二は浴衣姿の巴を見て首を横に振る。
「相手になるったってお前もう風呂にはいっちまったんだろ? また汗かいちまうし、大体ユニフォームにまた着替えんのも手間だろ……」 「大丈夫ですよ! 汗かいちゃったらまたお風呂に入りなおせばいいだけだし、格好だってこうすれば…」 「って、おい!」
そう言うと、巴は浴衣の裾をすっと持ち上げると両端を結びつける。 袖はくるくると肩まで捲り上げた。
「ほら、これで大丈夫ですよ!」
「大丈夫なわけあるか! そんな格好でテニスなんかしてんじゃねえ! すぐ戻せ!」 「えぇ〜? 昨日観月さんに教えてもらったから着崩れだってしてないのに…」
「(観月さん、何を教えてるんだ?) そういう問題じゃねぇから…。 俺もそろそろ休憩するから。人が来る前に元に戻してくれ…頼むから」 「はぁーい。 …スコートより長いし大して変わらないからいいと思ったんだけどなぁ…」
全然違う。
そう思ったがすでに論争する気力もない。
椅子に腰をかけると浴衣を元に戻した巴が同じように腰をおろす。
「に、しても不二さん相変わらず熱心ですねぇ。 そろそろ不二先輩に追いつきそうですか?」 「バーカ。 そんなに簡単に兄貴に追いつけるんだったら苦労しねえよ」
気楽な巴の言葉に苦笑する。
そう、いくら練習を重ねてもまったく近づいている気がしない。 それどころかだんだんと遠ざかっているのではないかという気すらする。
「そうですか? でも、こんなに身近に大きな目標があるのはいいですよね」 「ん、そうか?」 「はい! だって目標とするプレイが身近で見られるんですよ? 私も、周り中目標ばっかりなんですけど、おかげで発奮できてここまで来られたようなもんですし!」
ここまで言ったところで不意に声のトーンが落ちる。
「でも…三年の先輩たちと対戦できるのは次の大会が本当に最後、なんですよね……」 「そうだな…。兄貴はこの大会も出ねぇけど、観月さんもこの大会が終わったらもう中学テニスからは卒業だしな…」
「不二さん」 「ん?」 「先輩たちに恥ずかしくないプレイが出来る様、頑張りましょうね!」 「ああ……そうだな」
「なあ、巴」 「はい、なんですか?」 「お前、Jr選抜のパートナーってもう決まってんのか?」 「いえ、それがまだなんですよ」
「……だったら……いや、なんでもない」
|
|