「ごちそうさまでした」
礼儀正しく手を合わせて昼食を終了すると手早く食器を洗って片付ける。
「楓ちゃん、料理うまいんだね。びっくりしちゃった」 「それ、どういう意味よ……まあ、実際私と桃城さんは手伝ってただけでほとんど作ったのは男のほうの橘さんだけど」 「へ、橘さんが?」
傍らでやはり同じように食器を片付けていた橘のほうを見やる。 当然会話は耳に入っていたらしく、橘は少し苦笑して答えた。
「まあ、家でもよく作っているからな」 「へー、そうなんですか。 でも私も家にいた時はずっと作ってたんで料理にはちょっと自信ありますよ」 「ふーん、そうなの? そこまで言ってるんだからまさかマズくないよね?」 「伊武さん、いきなりやってきて失礼ですよ! 本当に得意なんだから、今日の夕食は期待していてください!」
一連の会話を聞きつつ顔が引きつっているのが約一名。 「……ウス」 「え、あ、樺地くん、大丈夫よ! 私、朝食当番だしそんなに難しいもの作る必要ないし、大体一人で作るんじゃないだし、だ、大丈夫!」 「そりゃ別に俺も出来ないわけじゃないけど……アンタ、そんなに料理ヘタなのか……?」
「腹ごなしにちょっと運動してきます!」
そう言って巴は先に出て行った。 の、だが。
「あっれー? なんで先に出て行った巴がどこにもいねぇんだ?」
まもなく午後の練習時間である。 巴の姿はどこにも見えない。
「チ、おい樺地、探して来い」 「ウス」
そんな経緯で巴を探している樺地であったが 普段氷帝で芥川を探し回っている習性か、ついつい木陰などの昼寝のしやすい場所を中心に探し回ってしまう。 別に彼女が昼寝をしているということはないだろう、宿舎の中でも捜そうかと思い直し始めたときに彼女の姿が目に入った。
木陰から足だけが見えている。
近づいてみるとそこは絶好の昼寝スポットであった。 足元はぽかぽかとした陽だまりで、尚且つ顔のあたりは葉陰で眩しくもない。 その特等席で彼女は寝ていた。
確か彼女は練習をしに先に出たのではなかったのだろうかと思ったが、よく見ると傍らにラケットもちゃんとある。 おそらくここで素振りでもしていた後に休憩がてら座り込んでそのまま寝入ってしまったのだろう。
随分気持ちよさそうに眠っている。 芥川だったら多少乱暴にでも起こして担いででもコートに連れて行くのだが、何故だか巴にそれをするのはためらわれた。
時計を見る。 走ってコートに戻ればあと数分は寝かしてやれる。 その時に起こせばいい。 そう決めて、巴の傍らに自分も座り込んだ。
・ ・ ・ ・ ・
「…地、おい、樺地!」 「赤月さん!」
いかにも不機嫌そうな声にうっすらと目を開く。 視界に入ったのは仁王立ちの跡部と困ったような顔の鳥取。
少し待つつもりがいつのまにか自分まで寝てしまっていたらしい。 そしてこれまたいつのまにか巴が自分に寄りかかった姿勢に変わっている。
「いつまでたっても帰ってこねえから探しに来てみりゃあ…… 樺地、いい度胸じゃねえか。あーん?」 「ウ…ウス」
巴だけだと中々見つからなかっただろうが、樹に隠れきらない樺地の巨体は見つけやすい。
両手を組んで見下ろす跡部の顔が、怖い。
「赤月さん、赤月さーん! もうとっくに昼の練習時間始まってるわよー!」
横ではまだ半覚醒状態の巴を鳥取が必死に起こしている。
日差しだけは先程とかわらず柔らかく、暖かかった。 場の(と、いうか跡部の)空気は冷え切っていたが。
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