「海堂部長、まだトレーニングしてるんですか?」 「……赤月か」
消灯時間も間近なのでトレーニングルームもすでに閉められている。 何気なく外を覗いた巴の目に外で素振りをしていた海堂の姿が目に入ったのだ。
軽く巴を一瞥しただけで海堂はまた素振りに戻る。
「海堂部長、過度なトレーニングは却って身体に悪いですよー?」 「この程度は毎日やっている」 「もうすぐ消灯時間ですよー?」 「知っている」
とりつくしまもない、といった様子の海堂にため息を付きつつ巴は近くのベンチに腰を下ろした。 海堂は、相変わらず素振りを続けている。
素振りを続けていた海堂だったが、ふと、巴が浴衣に素足だったことに思い至った。 羽織は着ていたが、3月初めの夜の気温はまだまだ低い。
「赤月。風邪を引くから帰れ」 「……」
返事がない。 怪訝に思い、ベンチの方に目をやると。
巴は寝ていた。
「ちっ……」
舌打ちしつつ素振りを中断して巴を起こしに行く。 こんな所で寝てしまっては本当に風邪を引く。
「おい、赤月、起きろ」
軽く肩を揺さぶりつつ再び声をかける。 しかし、合宿初日の疲れが出たのか、一瞬軽く反応しただけでまた深い眠りにはまり込んでいく。 それでも、無意識下で寒さは感じたのだろうか、家で布団を手繰り寄せるように手近な布にしがみつく。
「お、おいっ! 寝ぼけてんな、赤月!」
急にしがみつかれた海堂は激しく動揺して声をあげたが、まったく巴は起きる様子はない。 なんとも満足そうな顔をして、幸せそうに寝息を立てている。
しばし、頭が真っ白になる。 どうしたらいいんだ。
逡巡したが、結局のところ、答えは一つしかない。
眠り込んでしまった巴を抱えて宿舎に戻るほかはないのだ。
別に巴一人くらいを運ぶということ自体は何でもない。 なんでもない。 が、それは単に「巴くらいの重さの物を抱えて運ぶ」ということに関してだ。
自分でもはっきりわかるくらいに顔が熱い。
くそ、どうして女ってのはこんなに柔らかいんだ。 どこを触っていいんだかわかりゃしない。 ったく、呑気に寝てんじゃねえ! ……安心しきった顔しやがって……。
今、この姿を誰かに見られたら身の破滅だ。 そう戦々恐々の思いで宿舎に入ったが、消灯時間を過ぎてしまったこともあり、幸い誰にも見咎められることなく巴の部屋まで到着することができた。
もっとも、どうあがいても一人には見られることになるのだが。
苦労しつつ、扉をノックする。 中から出てきた吉川が目を丸くする。
「あら、海堂君! ……赤月さん……ちょっと、起きなさい!」 「起きませんよ。起きるんならとっくに起こしてます」 「そう……迷惑かけたわね。こっちにお願いできる?」
吉川に指示されるまま巴をベッドに寝かす。
「ところで海堂君。 あなたシャツ一枚で寒くないの?」 「……赤月が」
憮然とした表情の海堂の言葉に、よくよく巴を見るとしっかりと海堂のジャージの上着を握り締めている。 試しに取ろうとしたが、しっかり握り締められており、放しそうにない。
「…………大変だったわね、海堂君…」 「吉川さん」 「はい?」 「…いいかげん、笑うのやめてもらえませんか」
自分の部屋に戻る途中に、大きなくしゃみが出た。 館内はある程度暖房が利いているとはいえ流石に寒い。
……くそ、風邪を引いたら赤月のせいだ……。
|
|