休憩所に向かうと、誰か一人先客がいる。 神尾だ。
長椅子に腰掛け、背は壁に持たれかかり目を閉じている。
「…神尾さーん、 こんな所で寝ていたら風邪引きますよ?」
巴のかけた声に、瞼を開く。
「寝てねえよ」 「え、違うんですか?」 「イメトレやってただけ」
そう言うと、イヤホンを見せる。 先程までは見えていなかったがMDを聴いていたらしい。
「神尾さん、曲聴きながら寝てたんですか?」 「だーから、寝てねえって! イメトレ!」
「うーん、私、イメトレってやったことがないからいまいち良く分からないんですよね。 曲を聴きながらやるもんなんですか?」 「あー? オレの場合はこーやって曲聴きながらやるけど。 深司のヤツなんかは曲なんかかえって邪魔だって言うしな……」
少し考えて、右耳にしていた方のイヤホンを外して巴に渡す。
「ちょっと、やってみるか?」 「あ、はい、やってみます!」
受け取ったイヤホンを右耳にはめると、そのまま神尾の左隣に座る。 目を閉じて試合のイメージを頭に浮かべる。
案外スムーズに集中した状態に入った巴だったが、 対照的に神尾は、ちょっと困っていた。
(……イヤホン、両方貸してやればよかった……)
何も考えずに片方を差し出したのだが、そのまま巴に隣に座られてはじめてその軽率さに気が付いた。 肩が軽く触れるほどの距離。 一緒に練習をしたり、ハンバーガーショップに行ったりしたことはあっても、こんなに密着状態になったことはない。
しかも、風呂上りの巴は浴衣姿である。
集中すべく目を閉じるが、まったくリズムが合わない。 顔に血が上っているのが自分でもわかる。
「……楽しそうだね」
かけられた声に慌てて目を開くと、伊武がこちらを見下ろしている。
「……し、深司!」 「あー、伊武さん、こんばんはー。 今、イメージトレーニングしてたんです」
「へー、イメージトレーニング。…ふーん…… なんのイメージをしていたのか知らないけど。まあ俺はジュース買いに来ただけだし、どうでもいいけどね…」
あからさまに不審な表情。 そしてなにかボソボソ呟いているような気がする。
よりにもよって一番見られたくない奴に見られたくない姿を見られたような気が。
「神尾さん」 「……」 「神尾さん?」 「え? ああ、ゴメン。何?」
「私も音楽を聴きながらの方がうまくいくみたいです。 曲がいいのかな。さすが常日頃リズムを語ってないですね!」
「そうか? だったら、このMDやるよ。 オレが自分で編集したやつだし、これ」 「え、本当ですか? ありがとうございます!」
屈託のない笑顔。
…………ま、いっか。
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