妄想合宿パート3






 コートから少しはなれた水道で髪が濡れないよう注意しながら少し腰をかがめて顔を洗う。
 春先のまだ冷たい水が汗をかいた身に心地いい。


「ふーっ」


 思わず声が出る。
 タオルを持ってこなかったので軽く手で水を払うと、背後から少々呆れたような声がかけられた。

「巴くん…、キミ、タオルも持っていないんですか?」
「え、あ!、観月さん!」


 そこにいたのは、観月。
 すっとタオルを差し出されて、さすがに少々バツがわるい。

「いや、タオル持ってきてたんですけど
 ついついコートに置いてきちゃって……あ、すいません」

 結局観月のタオルを借りて軽く顔に残った水気をふき取る。
 丁寧に畳んでまたそれを返却する。

 そして、ふと気が付く。
 ここは水道のある場所であって手水場ではない。


「あれ? 観月さんどうしてここにいるんですか?」
「休憩時間に手水場は混みますので
 こちらに避難してきたということです」
「あ、そうなんですか。
 偶然ですね、私もそうなんですよー」
「へえ、それはそれは、偶然ですねぇ」



 果たして本当に偶然なのかどうかは観月のみが知っている。



「で、どうですか? 調子は」
「やっぱり青学の合宿とは違ってて、でも新鮮で楽しいです!」
「そうですか。
 午後からは男女合同練習ですからね。宜しくお願いしますよ」
「はい!」


「あー、いたいた!
 赤月さん、あなた休憩ってどこまでいってるのよ。
 橘さんが食事当番で抜けるから私の相手アナタなんだから」

 と、突然割り込んできた声。
 早川がこちらに近づいてきている。

「えっ!?
 もうそんな時間? ごめんなさい、すぐ行く!」

 慌てて駆け出す巴。


「あら?
 お邪魔でしたかしら、観月さん?」

「早川……キミ、わざとですね……?」




 早川、なんだかすごく楽しそうです。









「さあ、メシだメシーっ!」

 午前の練習も終わり、昼食の時間。
 食堂で各自が思い思いの席に陣取っていく。


「巴ちゃん、向かいの席いい?
 やっぱせっかくの食事はカワイイ子と差し向かいで食べたいしね」
「え! …あ、はい! どうぞ!
 さっきぶつけたところは大丈夫ですか?」

 少し驚いたような表情を浮かべた巴がすぐに愛想良く千石に返事をする。
 それにすぐ反応したのはすでに食事をはじめていた桃城だ。

「おいトモエ!
 千石さんには近づくなってさっき言ったばっかりだろうが!」

「……なに、俺そんなこと言われてたの?」


 さすがにその言葉に少々千石が気色ばむが全く意に介されていない。



「はあ、それはそうなんですけど……」


 そこまで言うと巴は少し赤面し、照れ笑いを浮かべる。




「カワイイ、なんて言われたの初めてだったんで、つい……」




 直後、桃城は絶句し、その場にいた数名男子の動きが止まる。




「なんや、誰にも言われたことなかったんか?
 そらアンタのまわり見る目ないヤツばっかりやったんやなぁ、巴ちゃん」

 と、食事当番の仕事が一段落ついた忍足がここぞとばかりにさりげなく巴の隣に座りながら言う。
 そしてその尻馬にのる千石。

「だよねぇ。
 巴ちゃんカワイイって。俺の保証つき」




 普通そういうことは思ってても言えねぇよ!
 と他の奴らは思うがこの二人にはそんな一般男子中学生の心理は通用しないらしい。



……べつに言われたからって自分の顔が変わるわけじゃないしそんなに浮き足立つほどのことじゃないと思うけど。
 だいたいそういう事が言えるような人はそれこそ相手がどんな顔だって言えるんじゃないの。
 まあ、そんな価値のない薄っぺらな言葉でも言ってほしいって言うんなら言ってもいいけど?

 かわいいね巴、醤油とって。……満足?」

「……もういいです。伊武さんのイジワル……はい、醤油」


 何人かが心の中で伊武にちょっと感謝したのは言うまでもない。 










だんだんヒートアップ。観月ちゃんは報われません(^^;)。
勝手に継ぎ足した千石と忍足が妙に同じ行動を取っていますねえ……。
某俺様が地味というか出番がありません。

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