Jr選抜合宿はたった三日間だけの合宿である。
時間を無駄にするわけには行かない、と慌てて練習場に向かっていたのが災いした。 ろくに見取り図も見ないで外に飛び出した巴は当然のように道を間違い、逆方向に向かっていることに気がつき慌てて反対方向に向かおうと建物の角を曲がったところで盛大に誰かとぶつかった。 そのまま相手をクッションにしてしまう。
「あああっ! すいません、大丈夫ですか?」 「いって〜……ん? あれ、キミ、確か青学の……」
「あ、はい。青学一年の赤月巴です!」
倒れこんでいた相手が起きあがるとまじまじと巴の方を見る。 そういえば何となく見覚えがあるような。 こういう時に他校生も全員同じユニフォームと言うのは不便である。
「俺、山吹の千石。 大会で青学と対戦した事あるだろ?」
そこまで言われてやっと巴にもこの人好きのする笑顔の主を思い出せた。
「都大会で! すいません、ユニフォームが違うとどうも印象が…」 「いやいや。 でも、俺は一目でわかったよ? だって青学でも選抜の女の子の選手の中でも巴ちゃん一番俺の好みだから♪」
「……え?」
ガスッ! ゴスッ! ドカッ!
それ以上巴が反応する前に、テニスボールが三球飛んできて千石に激突。 再び倒れ伏す千石。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか? 千石さん?」
一瞬呆然としてしまったがすぐに声をかけ、軽く揺さぶってみる。 ……今度は気絶してしまったようだ。
「大丈夫か、巴!」
と、駆けよって来たのは神尾と桃城。 見るとここは男子コート側に近い場所であったらしい。 当然のように千石は無視して巴の肩をつかんで説得モードに入る桃城。
「神尾さん、桃ちゃん先輩!? いや、私は無傷ですけど千石さんが……」 「いいかトモエ、千石さんという男は大の女好きで女の子と見たらすぐに口説くような人だ。 コイツに近づいたら危険だ、以後コイツには近づくな。分かったな?」 「はぁ…? とりあえずそんな事よりも千石さん……」 「ああ、こっちは大丈夫だから、巴」 「でも…」
それでもなお千石を心配する巴に、もう一人別の方向から声が掛けられた。
「赤月、女子の練習コートはあっちだ。 さっさと行け。練習がもう始まるぞ。」 「ああぁ!……はい! じゃあ、千石さんの事よろしくお願いします!」
海堂の言葉で多少後ろ髪を引かれつつも教えてもらった方向へ走っていく。 残った海堂は二人にさらにガンを飛ばす。
「てめぇらもくだらねぇ事してねぇでさっさと練習に戻ったらどうだ」
「……海堂、さっきのボール、三つだったよなぁ……」 「え? 今お前もボールぶつけたのかマムシ!?」 「う、うるせぇ!」
……ところで、本当に千石は大丈夫ですか?
「トモエ! 遅いよ、何やってたの?」
コートにやっと到着した巴に声をかけたのは那美だ。 慌てて合流し、柔軟をはじめる。
「うん、それが間違えて反対方向に行っちゃって… その時に山吹中の千石さんに会ったんだけど、 千石さん、頭にボールぶつけて気絶しちゃって。大丈夫だったのかな?」 「……それは、大丈夫じゃないんじゃない? 普通……」 「だよね。 医務室に連れて行こうと思ったんだけど桃ちゃん先輩や神尾さんが来て 千石さんは女好きだから近づくなって。どういう事だろう?」 「何それ」 「さあ……? 海堂部長までさっさと女子コートに行けっていうから置いてきちゃったんだけど」
横で同じく柔軟をしていた早川が「うわ、ニブ……」と呟いたことには二人は気がついていない。
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