「おはよう、リョーマくん!」
ダイニングに足を踏み入れたリョーマに、相変らず元気のいい巴の声がかけられる。 今日の朝食は出し巻き卵にワカメの味噌汁、鰆の味噌漬、焼き海苔に白菜の浅漬け。 まごうことなき和食である事から本日の朝食は巴が作ったものであると推察される。
「……朝から元気だね。無駄に」
寝起きが悪いリョーマが今だ覚めやらぬ頭のまま食卓の席に着き、何気なく言う。 と、巴は満面の笑みでそれに答えた。
「そりゃあもう! だって今日からJr合宿だよ! 青学の人だけじゃなく他校の人達とも一日中一緒なんだよ、すごいよね。」
一瞬、リョーマの動きが止まった。
そうだ。今日から合宿だ。 しかも夏の合宿のように青学のメンバーだけではない。 よしんば青学だけだったとしても、今回は手塚がいないのだ。 規律を乱す事を許さない、いるだけで絶対の効果をもたらす元部長は現在米国の空の下である。
巴はこの性格のせいなのかどうか、青学他校問わず人気がある。 もっとも、本人にはその自覚はまるでないのだが。 これから三日間、朝から晩まで他校生も一緒。 三日間、本当に大丈夫なんだろうか……。
……ちなみに、このリョーマの不安は当然のように的中する事となる。
「よう! 巴」 ぽん、と軽く頭を叩かれて振りかえる。
「神尾さん! それに、橘さんと伊武さんも。おはようございます!」 巴の顔を見て速攻リズムをあげて近づいた神尾と、それにより一歩出遅れた橘。 一番後ろで伊武が「どうして俺の名前が一番あとに呼ばれるわけ? まあ確かに一番後ろにいたし、しょうがないのかもしれないけど。大体神尾張り切りすぎ……」とボヤいているのは幸か不幸か誰の耳にも届いていない。 「今日から三日間、よろしくお願いします!」 「ああ、うちのような公立の場合こんな設備の整ったところでの練習は貴重だからな。」
と、話している所に背後からまた声がかけられる。 「巴さん、おはようございます」 「よぉ」 満面の(底の見えない)笑顔の観月と、裕太である。 「あ、観月さん、裕太さん、おはようございます」 「今日からしばらくは同じ選抜の仲間、ですね」 「……」 「あれ? 裕太さん、どうしました?」 無言のままの(微妙に顔色の優れない)裕太を心配して巴が顔を覗きこむ。 しかし裕太が何か言うよりも早く背後から別の声が乱入する。
「おい、俺様には挨拶無しか? 巴」 「え? あ、跡部さん。樺地さんも。すいません。気付いてなくって…おはようございます!」 「ウス」 「三日間、せいぜい俺の美技を目に焼きつけておくんだな」 「はい!」 「おいおい跡部、紹介もしてもらえへんのか? 冷たいなぁ…」 樺地の後ろからもう一人姿を現す。 試合では何度かその姿を見た事がある。氷帝3年の忍足侑士だ。 「あ、忍足さん…ですよね。 はじめまして。青学一年の赤月巴と言います」 「知っとる。有名やであんた。 青学から無名の1年が一人選抜に選ばれとるってな。 宜しく、巴ちゃん」 「はい! ヨロシクお願いします!」
いきなり名前呼びかよ! とは、その場にいる他全員の心の叫び。
まだ宿舎にも入っていないこの時点で関東の強豪が集結している状態を他の選抜メンバーは遠巻きに見ている。 …和やかに話をしているように見えるのにそこはかとなく殺気を感じるのは気のせいだろうか?
「トモエー! 女子の部屋、こっちだって。先行くよー」 先に宿舎の方に向かっていた小鷹が顔を出す。 「あっ! 待って那美ちゃん、すぐ行くから! …裕太さん、本当に体調が悪いなら無理しない方がいいですよ。じゃっ!」 そこにいた全員に頭を軽く下げるとダッシュでその場を去っていく。
「…しかし本当に顔色が優れませんね、裕太君。 どうかしましたか?」 「観月さん。 ……実は、昨日兄貴から電話があって……」 「もう結構。 僕は何も聞いていませんから」 「え? 観月さん?」 「ええ、知りません! ボクは何も知りません!」
…防衛本能が働いたようだ。
「……巴は随分と他校に知り合いがいるんだな。」 「橘さん、顔引きつってますよ?」 「……っていうか俺達も他校生ですよ。まあこの場合どうでもいい事なんだろうけど……」
合宿初日朝。快晴である。 例え選抜メンバーの中に暗雲が漂い嵐の予感を感じさせていたとしても。
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