マリアの姿が消えて、数日が経過した。 「大神はん、そんな事言うたかてうちかてプライバシーっちゅうもんはわかっとる。 さすがに私服に発信機はつけてへんのや」 以前、発信機でマリアと大神の居場所を突き止めただけに少し期待したが、やはり紅蘭の答えは予想通りのものだった。 人道的にはそれが当然のことなのだが、いまはそれが惜しい。 なぜ姿を消したのか、それが自発的なものなのか、……それとも第三者によるものなのか、それさえも定かではない。 じりじりと焦りばかりが募るばかりである。 「マリアの行方は……まだ、わからねぇか」 「はい。 月組も総力をあげて探しているのですが……申し訳ありません」 「いや、お前さんのせいじゃねぇよ。わりぃな加山、八つ当たりだ」 支配人室である。 米田と話をしているのは大神と同期に月組隊長として就任した加山雄一。 隠密部隊ということもあってその存在は公には知られていない。花組隊長にも。 「マリアさんの件では成果は捗々しくありませんが、例の殺人のほうについては微かではありますが情報を得ました」 「……言ってみな」 「被害者の共通点です。 共通点はないとされていましたがひとつ、彼らは公にしろそうでないにしろいずれかの形で裏社会に関わりを持っていたことが判明しました」 「裏社会か。 面倒だな……」 そこまで米田が口にしたところで加山が制した。同時に姿を隠す。 と、同時くらいにノックの音。 「米田支配人、大神入ります」 その声に、米田も机の上に散らばっていた資料をしまいこむ。 「おお、入りな」 扉を開き一礼すると大神が部屋に入ってくる。 「どなたか、いらっしゃいましたか?」 「いや? ここには俺一人しかいねぇよ」 米田の言葉に、大神はそれ以上深く関わろうとはしなかった。そんなことにかかわずらっている余裕はないというほうが正しいのかもしれない。 「米田支配人、マリアのことについて、なにか進展はありましたか?」 「いや、残念ながら今のところ収穫はなしだ」 「……では、事件の方については?」 「被害者が裏社会に関わっていたらしい、ということぐらいだな」 少し、考え込む。 「……支配人、この二つの事件、関わっているということはないでしょうか? 今はともかくマリアもかつてそういう世界に精通していました。 ひょっとしたら巻き込まれたという可能性も……」 「大神、それは憶測の域を出ねぇよ」 大神の言葉を米田は途中でさえぎった。 裏社会のことに軍は基本的に口を出さない。暗黙のルールである。 「見込み違いだったときのリスクが大きすぎる」 「では米田指令、俺を行かせてください。 俺の単独行動で、マリアを探します」 「馬鹿をいうんじゃねぇ、大神。 それを俺が許すと思ってるのか」 「いえ、だから今から俺のとる行動は逸脱行為です。 何か起きたときには軍を除隊していただいてかまいません」 「大神! お前はもうすぐ海軍に復帰するんだぞ?」 「……米田指令、俺がそもそも海軍に戻ることができるのも、マリアがいるから、彼女がいればこの帝國華撃団を守っていくことができると思うからこそのことです。 彼女が戻らない限りは俺は海軍に復帰することはできません」 米田はため息をついた。 すでに大神の意思は揺らぎようがない。 「……猶予はあまりないぞ」 「わかっています」 「月組から情報が入り次第、連絡をまわそう」 「ありがとうございます」 「俺は何も知らん。礼を言われる筋合いはねぇよ」 支配人室を立ち去り際、大神は不意に振り返ってこういった。 「そちらにいらっしゃる月組の方にも、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」 扉が完全にしまると、加山が姿をあらわす。 「バレていたみてぇだな」 「……の、ようですね」 「まったく……、あいつのあの性格はどう考えても軍人向けじゃねぇよ」 珍しく愚痴を吐く米田に、加山は苦笑した。 「しかし、ああいう奴だからこそ華撃団の彼女たちは大神についていくのでしょう」 一方、廊下側。 「……そういうわけでしたのね」 「いぃっ! すみれくん!」 廊下では両腕を組んですみれが待ち構えていた。 目が、据わっている。 「立ち聞きして、……いたのかい?」 「いいこと? 少尉。 少尉が海軍に行っておしまいになりましたら、さくらさんはあのとおり少しはマシになったとはいえボケボケで頼りにはなりませんしアイリスはガキンチョで話になりません。紅蘭は発明しか能がありませんしあの筋肉女などは言語道断。 ……まあ私がいれば何とかならないこともないですが、私あんなかたたちのお守などまっっっぴらごめんですの。 ですから、とっととマリアさんをつれて帰ってらっしゃいな!」 少尉の転属のことは誰にも、言いませんから、と最後に小さく付け加える。 「ありがとう、すみれくん」 「御礼を言うのは早いですわ少尉! そんな戯言をいう余裕がおありなのならばさっさとお行きなさいなっ!」 そういうと、すみれは肩をそびやかすようにしてその場を立ち去っていった。 彼女なりの励ましであるのがわかる。ただ、それが多分に虚勢を含んでいたことに大神は気がついたのかどうか。 すみれの姿を見送った後、大神は劇場を立ち去った。 表情はすでに軍人のそれである。 |