はじめてユーリーに会ったのは、いつのことだったろう。 革命軍に入り、着々と実績を上げていたマリアはある日誰かに伴われて革命軍のリーダーに引き合わされることになった。 他の皆のように、感慨も歓喜も感じなかった。 思想を持って革命軍に参入したのでもなく、ただただ、生きる為だけに革命軍に参入したのだからそれも当然のことであった。 そんなマリアを見て、ユーリーはただこう言ったのだ。 「そのような目をしていると、手に入るべきものまで失ってしまう。 幸福を知らないと、それを求める方法も分からないだろう」 その意味が、その時には全く掴めなかった。 ただ、革命軍の頭領の割には感傷的だと、そう思ったのを覚えている。 「お言葉ですが隊長。 そのような考え方は戦場に置いてはただマイナス要因としか思えません」 「ただ戦うだけではそれは獣だ。 人が戦うのには『理由』が無くてはいけない」 「……隊長。 私が戦う理由はただ一つ。 明日生き延びるために必要な一つのパンと水、……それだけです」 ユーリー隊長はただ穏やかに、哀しげに微笑んだ。 顔を上げると、マリアは部屋を後にした。 昨日会ったあの男、何者なのだろう。 指令に、報告をしておいた方がよいのだろうか。 考えた末に、支配人室に行くことにした。 部屋をノックする前に、室内から漏れ聞こえた声にマリアは硬直した。 「やはり、お前を海軍に返さなきゃならんようだ、大神」 溜息をついて、米田が言う。 予測はついていたことであった。 士官学校を出る前からすでに大神は異質の存在であった。 語学力、戦略、統率力、判断力、指揮能力、そして、個人としての戦闘能力。 これら全てに秀でている人間は非常に希有である。 その上彼はこの一年の帝国華撃団隊長としてその実力が実践でも充分に発揮できる者であることを証明した。 元々彼を擁しているはずだった海軍が手をこまねいて見ているはずはないのだ。 ……帝国華撃団の任務は実質終了しているのだから。 「……そうですか。皆と別れるのは寂しいですが、致し方有りませんね」 「やけにあっさりしてやがるな」 「そうですか? 辞令とあらば仕方がないと思うのですが。どこにいても俺のする事はかわりませんし。 それに、帝国華撃団にはマリアが居ますから、後続の憂いもありません」 そこまで言ったところで、大神はふと振り返り、ドアの方に近づいた。 扉を開く。 そこにいたのは、蒼白な顔のマリア。 「マリア?」 「…………隊長」 「ん?」 「いえ。……失礼します」 「……まずいことを聞かれちまったなぁ」 「しかし、いずれは分かることですから」 模範的な答えを返す大神に、米田は深い溜息をついた。 「てめぇはまだまだ、わかってねぇなぁ」 「十辛くても、一楽しけりゃ、その一のために生きてもいいじゃねえか」 ……だけどボードヴィル、 その一の楽しみを知らなければ十の辛さにも気が付かなくて済んだかもしれない。 「幸福を知らないと、その求め方も分からないだろう?」 ……だけど、ユーリー隊長。 幸福を知ってしまうと、自分の不幸もまた、知ってしまう。 階段を上った記憶も、扉を開いた記憶もなかった。 ただ、気が付くとマリアは自分の部屋にいた。 窓の外を見る。 いつもと変わらぬ風景。 『……日向のような、人だね』 突如背後から掛けられた声に、マリアは振り返りざま、銃口を向けた。 そこにいたのは、やはり、昨日と同じ顔。 部屋にまで入り込まれていたのに、全く気が付かなかった。 それほど自分は気を抜いていたのか。 『誰?』 昨日から幾度も繰り返されるこの問いに、やはり彼は答えなかった。 『あの男が、今の貴女の想い人?』 『……何を』 『貴女には、彼は合わない』 『…………!』 銃を持つ手が、震える。 『彼は光の塊のような人だ。翳りがない。 闇の化身のような貴女とは、住む世界が違う』 『……黙りなさい』 『貴女は闇の中でしか生きられない人だ。僕と同じように』 『…黙れ』 『気が付いていないことはないでしょう? 貴女のその血にまみれた手は、決して清められることがないことに』 『…………やめて』 身体の力が、どこかから抜けていくのを感じる。 『それとも? 貴女は数多くの死体を踏みにじったその足で、おびただしい血で染めたその手を、 愛しい人に向かってさしのべるつもりですか?』 『……やめて』 『しかし、それも長くはないでしょう。 貴女の愛した男は、また、貴女の手を赤く染めるだけ。死を司る女神』 『やめて。黙れ黙れ黙れっ!』 悲鳴と共に引き金を引こうとした手はしかし、彼に押さえられた。 『貴女も、わかっているはずだ』 男の目がマリアを捉えた瞬間、マリアは意識を手放した。 …………マリアは、墜ちた。 |