「……!」 衝撃に、おもわず一瞬目を閉じる。 隣で加藤の悲鳴が聞こえる。 まずい。 「瀬戸口くん」 「はっ」 ののみを庇ってしたたかに体を打ちつけた瀬戸口がなんとか返答する。 幸い、先ほどの指揮車への攻撃で乗員に重傷を負ったものはいないようだ。 が、戦車自体はかなり性能が低下した。 「加藤さん、石津さん、ののみくんを連れて脱出しなさい。 こちらで敵の注意をひきつけますので。早く」 「…指令、は…?」 「石津さん、私は早く、といったはずです」 「あんた、一人で犠牲になるつもりか」 「…私が戻らなかった場合は瀬戸口くん、あなたに指令をお願いします」 やなこった。 そう吐き捨てると瀬戸口は、だが迅速に他の三人を誘導して指揮車を降りた。 戦闘要員ではない四人。 しかも一人はウォードレスを着る事すら出来ないののみ。 瀬戸口の負担と責任も決して軽くはない。 しかし、なぜか善行は確信していた。 彼は、彼なら大丈夫だろう、と。 「さて…。」 四人が離れたことを確認すると、加藤の座っていた運転席に座り、操縦桿を握る。 士魂号の位置を確認する。 どの機体も損傷が激しい。 せめて完全に破壊される前に撤退できるよう誘導しなければ。 今日の、この戦いの勝敗はほぼ決している。 ならばせめて、明日以降に少しでも影響を残さないように。 今、指揮が撤退するわけには行かない。 「善行くん! 何をやっているのよ!」 撤退ルートを推敲していた善行だが、突然聞こえてきた声に思考を中断された。 通信が入っている。 ……原だ。 「原副指令、間もなくそちらの補給車に瀬戸口、東原オペレーターと加藤指揮車運転手、石津指揮車銃手が到着します。 怪我をしている可能性があります」 「私が言っているのは、善行、あなたの事よ!」 「まだ、パイロットとスカウトが残っています。 彼らが撤退ラインに入るまで、指揮を続行します」 「指揮車のすぐ近くまで幻獣が来ているじゃないの! あなたはパイロットじゃないわ。死ぬわよ!?」 「……それが、戦闘です」 「馬鹿っ!」 怒鳴りつけられた。 そのまま、原はものすごい勢いでまくし立てる。 「どうしていつもそうなのよ。 私あなたのそういう融通が利かないところ大嫌い。 自分勝手なところも嫌い。 嘘吐きなくせに嘘が下手な所も、嫌い。 いつも小利口なフリしているところも嫌い。 冷たい人間のつもりになっているところも、嫌い。 ポーカーフェイスをきどってるところも、嫌い。 嫌い、嫌い、嫌い。 大嫌いよ。 …………死なないで………」 最後は、すすり泣きに変っていた。 通信機で良かった。 顔を見ることが出来なくて良かった。 今、彼女の泣き顔を見たら、流されたかもしれない。 一つ、息をつく。 彼女を傷つけるための心を整えるために。 「通信機は、私用電話ではありません」 「……」 「一つ忠告しておきます。 仮にも人の上に立つものは部下の前で感情をあらわにするものではありません。 ましてや感情を乱して隊を動揺させるなどは愚の骨頂です」 誰も、見ているものはいないが、眼鏡を上げる。 「貴方は、ただの駒です。 駒に感情を吐露されても、私は迷惑です。 ……通信を切ります」 一方的に通信の電源を切る。 これ以上は、無理だ。 感情を隠しきる自信がない。 声を聴いているだけでも。 いつも、哀しませてばかりだ。 そう思う自分に、まだそんな感情が残っていたのだと、自嘲的にそう思う。 こんな時代に、こんな状況で出会わなければ、私は貴方を幸せに出来たのでしょうか。 いや、多分同じだ。 どこにいても、きっと私は私だ。 同じように何処かで過ちを繰り返して貴方を悲しませただろう。 それでも、私はまた貴方に会いたいと思う。いつでも。 二秒間、瞳を閉じる。 ゆっくりと、瞼を開く。 すべての感傷を振り払い、軍人としての顔に変る。 元より、座して死を待つつもりはない。 勝敗は決まったかもしれないが、勝負はまだついてはいない。 あがきつづけてやる。その最後の一瞬まで。 再び、貴方に会う為に。 善行は指揮車をゆっくりと動かした。 |