「善行くん! 善行っ!」 原は叫んだが、向こうから切られた通信は、もう繋がらなかった。 思わずコントロールパネルに拳を叩きつける。 「…あの、原先輩、瀬戸口さんたちが到着しましたが……」 遠慮がちにいう森に、原は我に返った。 戦闘は、まだ終わってはいないのだ。 一度切った通信を再び繋ぐ。 今度はパイロットに向けて。 もっとも、今までの一連の会話もパイロットに筒抜けであろうが。 「全機、防御体制を取りながら早急に撤退ラインへ向かいなさい。 被害は最小に。 いいわね?」 「了解」 パイロットが全員撤退ラインまで到着したのはそれから数刻後であった。 「指令は!?」 原は、補給車の前に立ち、戦場を凝視していた。 戻らなかったら、許さない。 誰も、何も言わなかった。 怪我を負って戻ってきたパイロット、スカウトの速水達も、指揮車から先行してきた加藤達も、そして整備班の面々も。 ただ、同じ方向を見ていた。 「……来た」 一番にそれに気がついたのは、来須だった。 続いて、石津が救急箱を抱えて走りよっていく。 大破した指揮車を降り、サブマシンガンを手に、少しよろけながら善行がその姿を現した。 かなり傷を負っている。が、思いのほか元気そうだ。少なくとも二足歩行が出来る程度には。 駆け寄った石津が早急に応急処置を行う。 「…大、丈夫……。致命傷は、ないわ……」 全員の撤退が完了。 戦闘は終了した。 肩の一番大きな傷に応急処置を施してもらった善行は、ゆっくりと原の方へ歩み寄った。 「原副指令」 「……」 が、その口から出た言葉はその場にいた全員の期待を大きく裏切るものであった。 「今回の戦闘での士魂号及び戦車の被害、破損状況とその故障率、修理に要する期間の算定と、予備機体の状況を。早急に」 「…わかったわ」 動じなかったのは、原だけであった。 「さっきのあの会話のあとの感動の再会がこれかよ。 …わっかんねぇなぁ」 「ふふっ。そうだね。 でも、いつもどおりで安心したかな」 「まあ、な」 「……キングなんだよね」 「は? 速水お前何言ってんだ?」 「だからね、委員長は僕らのこと、駒だって言ったじゃない。 だったらさしずめ、委員長は駒の中心、キングなんだなって」 チェスと違うのは、キングを失ってもゲームが終わらないって事だけどね。 そう、毒のある言葉を速水はさらりと口にする。 「じゃ、原副委員長はクイーンか? 士魂号にのってる俺達はナイトってとこかな」 二人の会話を聞いていた茜が割り込んできた。 「馬鹿。 お前らなんかはせいぜいポーンがいいところだよ」 そこに、善行の叱咤が飛んだ。 「無駄口を利く余裕があるのなら早々に帰還しなさい。 今回の戦闘で死者が出なかったのはただの奇跡です。 そして奇跡は二度も連続で起きてくれるほど甘くはありません。 明日からは最優先で機体の修理にあたりますよ。 …幻獣は待ってはくれませんからね」 速水たちは少し舌をだすと、それぞれ帰還準備に入った。 かくて、狂ったチェスは続く。 終わりが来るのかも、わからないまま。 |