blue valentine


※お題SS「それだけで十分やってんで」の後に読んでいただくとスムーズかと。




 洋菓子店やコンビニ、スーパーはもちろん、外に出れば電車やバスの広告、家にいてもテレビCM。
 どこもかしこもバレンタイン一色だ。
 これを見ずにすます事は不可能に近く、また意識しないというのもまず無理だろう。
 特に、現役中学生としては。



「バレンタインのチョコはいつでも受付中やでー」
「そんなん言うててええん? 校則違反やん」
「ええってええって」

 能天気な事をいいながら女子にチョコをたかろうとしているのはうちの顧問である。
 確かにバレンタインのチョコの持ち込み程度に目くじらを立てるような狭量な学校ではないが、教師が堂々と生徒にそれをねだるのはどうなんだろう。
 しかしまあ、それを見て謙也が不機嫌な表情を浮かべているのはそんな固い理由ではもちろん、ない。


「バレンタインか……」

 呟いて同じように眉を寄せ、溜息をついた白石は、これまた別の理由だ。


「めんどくさいイベント事がまた来たか……あんなん持って来られても困んねん」

 小声ではあったがこれはまた敵を生む発言である。



「うわぁ蔵りん酷ぉ! 女の子の敵やね」
「そない言うたかて、こっちも正直しんどい。
 つーかなんで小春に女視点で説教されなあかんねん」


 まあ、白石の言い分も分からないではない。
 何の感情も抱いていない相手からのアプローチというのは重荷だ。
 そしてそれが一度にまとまって来るのがバレンタインなのだから。
 しかし、それが逆の場合は。


「けど、実際は男に渡すより女同士のが多いらしいっすよ」
「なんじゃいそら」

 携帯をいじりながら独り言のように財前が言った言葉に千歳が不思議そうな顔をする。


「せやから、友達同士でチョコの交換するらしいですわ」
「ああ、友チョコ」

 頷いている小春は知識として知っているのか実際やっているのか。
 もっともその場合女同士とは言えないが。


「なるほど、それやったら自分らの口にも入るしなぁ」
「まあ、何が返ってくるかもわからん義理チョコよりは確実やわな」
「そんなんするんやったらこっち回せやー!」


 思わず言ったセリフに皆が驚いたように謙也の方を見る。
 財前まで携帯から顔を上げて物珍しそうにこっちに目をやっている。


「……謙也はん、そんなにチョコレート欲しいんか」
「ちゃう……」


 恐る恐るといった体で言う銀に、力なく否定だけ返す。



「そうやんなあ。別にチョコもらった事ないわけでもないんやし……あ」


 言いかけて、一氏がぽんと手を打つ。


「本命からもらえんっつー話か!」



 あー。
 その場にいた謙也以外の全員が納得の声を洩らす。


「そらムリやわなぁ、東京やし」
「彼女でもないし」
「つらいとこやなあ、謙也」
「先輩女々しいっすわ」
「お前らもうちょっといたわれ!」



「いや、てかさ」


 涙目で掴みかかろうとする謙也を押し留めつつ、白石が口を開く。


「せやったらダメ元で本人に言うて見たらええやん。ここで管巻いてへんで」
「う……」



 そんなことは分かりきっている。
 当然だ。
 だから、先日電話してみたのである。意を決して。


「で、断られた」
「別に断られてへんわ!」
「でも似たような結果やったんでしょ」



 確かに断られてはいない。
 そこまで行き着かなかったからだ。



『そういえば、忍足さん友チョコって知ってます?』


 こちらからバレンタインの話題を持ち出せないうちに向こうから言われた。


『女どうしで交換するやつやろ?』
『そうなんです。私知らなかったんですけどね。
 クラスの友達とか、スクールのチームメイトとかともやるんですけど、結構大変なんですよね。
 他の人とかぶらないようにしないといけないし、あんまり適当なのもダメだし……男の人にあげるより大変かもしれないですねー。あげた事ないですけど』


 そうやって謙也には知りようもない友チョコの大変さをしかし楽しそうに話されて、結局謙也は本題を言い出せないまま電話を切ってしまったのだ。


「ヘタレ」
「ヘタレばい」
「ヘタレやな」
「ホンマヘタレっすね」
「だからお前らもうちょいいたわれって!」



 一氏だけがうんうんと頷きながら謙也の肩をぽんと叩く。

「いや、わかる、分かるで謙也。
 本命からのチョコは特別やもんなぁ!」
「ユウくん、ゴメン〜、ウチもクラスの子と友チョコ交換するからそっちまで手ぇまわらへんわぁ」
「そんな小春、殺生な!」


 ……同情してくれるのはありがたいが、あんまり一緒にされたくない。
 っつーかこいつらにそんな話題を振る方が間違ってた。

 と、喧騒の間を縫うようにして謙也の耳に聞きなれた電子音が響く。
 携帯が鳴ってる。
 表に表示された発信元を見て慌ててその場で通話ボタンを押す。



「はい、もしもし!?
 ……え、あ、うん。……え?
 あ、いや、そうやないねんけど! いやでもあの……うん、ありがとう……」



 通話終了。
 振り向くと、バッチリ興味深々に見られている。
 一人を除いて。
 携帯を閉じると、そ知らぬ顔で携帯をいじっていた財前に掴みかかる。




「財前オマエ、アイツに何言うたーっ!」
「何って、先輩がチョコ欲しい欲しい言うてウザイって」
「単にめっちゃチョコに飢えてるヤツやと思われとるやんかーっ!
 つーかなんでさらっとオマエメールのやり取りなんかやってんねん!」
「まあまあ、謙也、結果オーライって事で」



 14日にキチンと望みどおりチョコレートが届きはしたが、別口で四天宝寺メンバーにもチョコが贈られていたのを知って若干凹んだのは言うまでもない。


「うっさい! 勝負は来年やっちゅうねん!」








2010年VDアンケート一位『チョコが欲しいとアピールする少年たちの話』でした。
アピールできてねえ。←看板に偽りアリ
たち、とありましたがコメントを見た限りの判断で別に複数人って意味じゃないよなーと判断したんですがなんでこんないっぱい野次馬が(そして金ちゃんだけいない)。
うちのサイトにおける謙也(と財前)の扱いが如実に分かる話になっております。
そしてなんとなく書きそびれて巴ちゃんの名前が登場しないと言う……。
友チョコなんてやってたら中学生のお小遣いじゃそらギリチョコまで手は回りませんわな。
けど財前が知ってるから謙也にだけってわけにもいかないよな、と。

2010.2.14

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