「大石、ロケット花火やろ!」
「ロケット花火かあ……アレ、後でゴミを探すのが大変なんだよなあ……」
「ほら、マムシ、ヘビ花火」
「テメェ……!」
「桃ちゃん先輩、その為だけにそれ買ってきたんですか?」
「あははは!
ほら、行きますよ、荒井先輩!」
「あっぶねえ! ネズミ花火こっちに投げんな赤月!」
……羽目を外しすぎないように、と言う手塚の言葉は早々に巴の頭からは夢散したようだ。
「きーくん、火、分けてもらっていい?」
那美が天野の花火に自分の花火を近づける。
勢いよく光を放出するその先端を見ながらぽつりと天野が言った。
「朋ちゃんも参加できれば良かったのにね」
残念ながら彼女を呼び出すには時刻が遅い。
花火を行う時間なので当然ではあるが。
「そうだね。……きーくん、朋ちゃんがいなくて寂しい?」
とうに火は那美の花火に移っていたが、そのまま那美は動かず天野の隣にいる。
からかうような彼女の口調に、天野は軽く唇をとがらせた。
「そんなんじゃないよ。
……ただ、後でバレた時に八つあたりがひどいだろうなあって」
那美の顔が引きつった。
バレない筈がない。
そして、そういう時、彼女の怒りは主に付き合いの長いこの二人にぶつけられることになるのは火を見るよりも明らかだ。
「う……」
「頑張ってなだめないとね」
天野の溜め息に迎合するかのように、花火の火が唐突に消えた。
屋内では竜崎が一人、雑務を片付けながら電話をしていた。
「ああ、なんとか今年も乗り切れそうだ。
毎年、この合宿が一番身体に堪える。アタシも年かねぇ……」
そんなことをいいながら、ふと目線を窓の方へ向ける。
窓から微かに入る火薬の匂いと、にぎやかな喧騒。
「ああ、ちょうど今、赤月の発案で奴等花火大会の真っ最中だよ。
……フン、バカ言ってんじゃないよ。
お前さん達が学生時代に合宿でやらかした騒ぎに比べればかわいいもんさ。それに……」
途中で言葉を止める。
『みんな、テンション上がりすぎて硬くなってる気がするんで、ここらでぱぁっと息抜きしてみてもいいんじゃないですか?』
どこまで本気の言葉かはわからないが、一理ある。
他の選手のことを、良く見ている。
「……いや、なんでもない。
あの子は、アンタによく似てるよ。京四郎」
「あ、もうおしまい?」
空になった袋を見て誰かがそう言うと、巴がここぞとばかりに隠していたもうひとつの袋を出してきた。
「やっぱり、ラストはこれでしょう!」
「ないと思ってたら、取ってあったんだね。
俺はやっぱりこれが一番好きだな」
嬉しそうに河村が一本取る。
線香花火だ。
「そうですよね、私も線香花火が一番です」
そう言って那美も袋に手をのばす。
「俺はやっぱロケット花火が好きだけどなー」
そんなことをいいながらも菊丸もまた線香花火を手にする。
先ほどまでとは違って比較的静かな空気が流れた。
小さな花火がパチパチと微かな音をたてながら光の花を咲かす。
花火、とはよく言ったものだ。
「リョーマくん、リョーマくんは線香花火ってやったことあるの?」
「バカにしないでくれる。それくらいあるよ」
むっとしたようにリョーマが答える。
「ふーん。…アメリカにも線香花火ってあるの?」
巴の発した素朴な疑問に、少し考える。 覚えがない。
「さあ。毎年オヤジがどっからか持って来てやってたよ」
ぽとり、と線香花火の火種が落ちる。
新たな一本を手にしながら、巴が言う。
「線香花火って持ち手の部分がこよってあるから、昔どっちに火を付けていいか、わかんなくならなかった?」
「……あるわけないじゃん、そんなバカな事」
やがて、線香花火もなくなり、本当の終わりが来た。
「さて、片付けるか」
いち早く行動に移ろうとした大石だったが、それを海堂が押しとどめた。
「いや、いいっスよ。
片付けは俺たちがやりますから」
「でもそれじゃあ……」
悪い、と言おうとしたがもう一、二年はすでに片付けに入り始めている。
ここはおとなしく好意に甘えることにした。
「赤月、ロケット花火の回収に行ってきます!」
「モエりん、確率からいってあのあたりを重点的に探すのが効率的だ」
「はい!」
乾の言葉に敬礼を返すと巴が指示された方向に駆けていく。
と、そのとき少し風が吹いた。
それほど強い風ではないが、花火の最中ではなくて良かった。
「風が気持ちよくなってきたね」
そんなことを不二が言う。
少し前までは風が吹いても熱風だった。
段々と秋が近づいている証拠である。
「うん。
……夏が、もう終わるね」
河村が相槌を打つ。
秋が近づいている。
それはとりもなおさず夏が終わりを告げ始めていることの証である。
「ああ、あと少し、だな」
大石はなんだか感傷的な気分になる。
夏の終わり、つまり、このメンバーでテニスが出来る時期が残りわずかということを思い知らされた為だ。
青学は大方が内部進学である。
なので高校にあがっても同じと言ってしまえばそうなのかもしれない。
だけど、中学でテニスを辞める河村の例に限らず、少しずつその中身は変化していく。
今のこの顔ぶれでテニスが出来るのは、本当に『今』だけなのだ。
「こらーっ、暗いぞ、みんな!
まだ終わってないんだからなっ」
菊丸の言葉に、手塚は苦笑した。
そうだ、まだ終わっていない。これからだ。
憧れ続けた全国大会に、やっと手をかけることが出来たのだから。
「あれー、先輩たち、まだ外に居たんですか?」
ロケット花火の残骸をかき集めてきた巴が意外そうな声をあげて駆け寄ってきた。
そう、息抜きも感傷も終わり。
明日からはまた、頂点に向けて。
―――Fin―――
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