「桃城、それとモエりん、ちょっと買いだしに行って来てくれ」
「えー、今からっスかぁ?」
急に呼び出されて告げられた言葉に桃城が不満の声をあげる。
巴も不満気である。
マネージャーが不在の青学では、確かに買いだし等の雑用は選手各自が行っているが大会前の合宿中である今はレギュラーはこれらの雑用からある程度解放されている。
なので当然と言えば当然の反応である。
が、当然の権利とばかりに文句を言う二人に乾は静かに言い放った。
「実は昨日の晩何者かに食材を食い散らかされてな。
本来ならば今日買い出しに行く必要はないはずだったんだが」
桃城と巴が同時に固まった。
乾が左手でずれてもいない眼鏡を押し上げる。
逆光。
「どうしても嫌だと言うのなら仕方がないな。
食料を荒らした犯人を公の場で追求しなければ……」
背中を冷たい汗が流れた。
直後、乾がそれ以上何か言うまでもなく
「い、嫌だなんて言ってませんよ! 喜んで!」
「んじゃ、行ってきます!」
二人は素晴らしいまでの息の合いようで答えたのだった。
「あー、やっぱりバレちまったか……キャベツ半個」
「おかしいですねえ、桃ちゃん先輩はともかく、なんで私までバレたんでしょう?……小松菜一束」
「ってオイ、なんで俺はともかく、なんだよ! ピーマン一袋。……なあ」
「なんですか」
「この買い出し内容、明らかに俺達が食ったモンと違ってねえか?」
そして、この半端な量。
「……桃ちゃん先輩、気がつかなかったコトにしませんか?」
「そうだな……」
とりあえず買い物内容に関して二人は深く考える事を放棄した。
黙々とメモ通りの物を買い物カゴに放り込む。
「よし、これで頼まれたのは全部だな。ついでに自分の夜食も買っとくか」
「……また盗み食いなんかしたら今度こそ手塚部長に突き出されかねないですもんね」
盗み食いの罰はグラウンド何周なのだろう。
あまり考えたくない。
自分も何か買っておくモノはあったかな。
そう思ってスーパーの店内を見渡した巴の目に、あるものが入った。
「ねえねえ桃ちゃん先輩、アレ買って帰りませんか?」
巴が指差した方を見た桃城がにっと笑う。
「お、いいんじゃねーの?」
その晩、夕食後に巴がそれを嬉しそうに取り出した。
「……花火?」
覗き込んだ那美の言葉に頷く。
「うん! みんなでやろうよ!」
「へえ、いいね」
不二が笑顔で賛成する。
「ねー、打ち上げ花火、ある? あとロケット花火!」
「ありますよ。普通の花火もネズミ花火も」
菊丸に巴が得意気に答える。
一方、多種多量の花火の中に、見慣れない黒い固まりを見つけて海堂が怪訝な顔をしていると、横から桃城がしゃしゃり出た。
「お、そりゃお前専用だな」
「……?」
言われた言葉の意味が分かっていない海堂を見かねて天野が耳打ちした。
「先輩、それ……ヘビ花火です」
「と、いう訳でいいですか、部長?」
これだけ花火を買い揃えておきながら今更許可を求めるというあたりいい度胸をしている。
ちらりと花火の山を一瞥すると手塚は返事を待ちかねている巴に視線を戻す。
「竜崎先生に許可は?」
「はい、部長のOKがもらえたらいいそうです!」
こういう事に関しては手回しがいい。
手塚へ許可を求めるのがギリギリなのは、よもやここまでお膳立てしたものを手塚が却下はしないだろうという目算と思われる。
そして、それは正しい。
「明日も練習はある。羽目を外しすぎない程度にしろ」
「はいっ!」
威勢のいい返事をして花火の準備を始めた部員を尻目ににその場を立ち去ろうとした手塚だったが、戸に伸ばした腕を横から掴まれた。
こんなことをするのは巴以外にない。
「部長、なに部外者のフリしてるんですか! 部長も参加ですよ」
「それは竜崎先生の指示か? 引率が必要だという」
「違います!
…………あ、イヤなんですか? 手塚部長は」
勢い良く言ったあと、ぱっと手を放すと、急に申し訳なさそうな顔をする。
「……別に嫌なわけではないが」
つい言った言葉に巴の表情が明るくなる。
再び手塚の腕を引く。
「じゃあ、やりましょうよ!
せっかくの花火ですもん、私、部長も一緒がいいです」
そう言ってにこりと笑う巴に、手塚は敢えて逆らう気にはなれない。
かくして、突発的に花火大会が始まった。
次ページへ
|