最初のパートナー、最後のパートナー






いつかこの儚い夢を笑って話せる日が来るんだろうか。
だけど今は捨ててしまわずずっと胸に抱いていたい。
可能性はゼロではないのだから……。




 扉の前に立つ。

 深呼吸をひとつ。


 リョーマの部屋の前で、意を決して巴は扉をノックした。


 もう週末だ。
 あれから学校でも家でも二人はろくに会話も交わしていない。
 このままではまともに言葉も交わさないままで別れる羽目になるかもしれない。

 それは絶対に嫌だ。



 ドアが開く。

 姿を見せたリョーマに巴が何か言うよりも先に、リョーマが巴に何かを手渡した。
 とっさに受け取った瞬間にそれが何かに気がつく。


 この一年間ずっとがむしゃらに追っていたもの。
 ……テニスボールだ。


 リョーマを見ると、ボールを手渡した反対側の手にはラケットを握り締めている。


「庭で打とう」


 それだけを言うとリョーマは巴の方をまともに見ることもなくさっさと先に外にでていった。





 庭に設けられているコートは南次郎が意外に手入れをしているために、河川敷のコートなどよりはずっと状態がいい。
 しかし、それでも当然テニスクラブ専用のコートとは比べるべくもないので、リョーマとここで打ちあうことは滅多にない。
 せいぜい時間つぶしに短時間軽く打ちあった程度だ。


 ここでリョーマとまともにテニスをやったのは確か5月。

 些細なことでの言い争いが原因だった。



 そんな感傷交じりの雑念も、サーブの為にボールを高く放り投げた瞬間真っ白になる。



 リョーマがどういうつもりで自分をこのコートに誘い出したのかの真意なんて知らない。
 ただ、今はこの小さなボールを追うことに全力を尽くそう。






 長い打ち合いが続く。


 コイツ、強くなった。
 5月のあの時には予想もできなかった程の成長を巴は見せていた。

 ほんのわずかな隙も見せられない。
 ……当たり前だ。



 彼女が強くなっていたからこそ、努力を重ねて著しい成長を見せていたからこそ、自分は彼女と頂点に立つ夢をみたのだ。



 それを再認識できた。
 それで充分だ。





 リョーマがふいにラケットを下げる。
 あきらかに届く筈だったボールがリョーマを素通りして地面を跳ねる。


「リョーマ君……?」


 とまどったような声。
 これがいつもなら、『勝負の最中にふざけないで!』と怒っていただろう。



「お前、さ」
「なに?」


 リョーマが話をする気だということを察して、ネット傍に巴が近寄ってくる。

 こんなに近くにいても、一枚の頼りないネットに遮られているだけで、互いのいる方向には進めない。
 なんて皮肉。



「テニスは、向こうでも続ける訳?」


 リョーマの質問に巴は肯定で応えた。

「うん、観月さんみたいに選手兼マネージャーでやってみるつもり」


 口で言うほど簡単なことではない。
 観月のように作戦参謀まで一手に引き受けるつもりは毛頭ないが、それでもマネージャーと選手の兼任は厳しい道だろう。
 しかしあえて巴はその道を選んだ。



 いつか、どちらか片方を選ぶ日が来るだろう。
 いや、どちらも捨てなければならない結果になるのかもしれない。
 だけれどその瞬間が来るまではどちらも諦めたくない。
 ギリギリまでプレイヤーであることにもしがみついていたい。



 それは、子供の頃からずっと抱いていたスポーツドクターへの夢とはまた違う、青学に入ってから出来た新しい巴の夢だ。
 誰の前にでも堂々と立てるようなテニスプレイヤーになること。
 常にずっと前を進むリョーマの背に追いつく事。



「あ、そ。
 ……じゃ、いいや」
「いいって……?」


 きょとんとした顔を見せる巴にリョーマは告げた。
 自分がいま言わなければいけない言葉を。
 口にしたくはないけれど、口にしたところで結果が変わるわけではないけれど、彼女に言わなければいけない言葉を。



「行けばいいじゃん、ルドルフに」
「…………リョーマくん」



 巴が泣きそうな顔になる。
 嬉しいのか、悲しいのか。多分両方なんだろう。


「言っとくけど、向こうに転校したら弱くなったとかだったら許さないからね」
「うん……うん。
 試合でリョーマ君と当たった時に怒られないで感心されるくらいになるから」
「あ、それはないから」


 リョーマの言葉に、憤慨して巴が反論する。

「なんで!
 私だって頑張って強くなるんだから!」
「いや、そうじゃなくて」



 言葉を取り違えられたことに気がついてリョーマが修正を入れる。
 巴は何が違うのか判らない。



「俺、もうダブルスはやらないから」

「え? ……なんで?」



 驚いて問い返す巴に、帽子を深くかぶりなおしそっぽを向いたままリョーマは答えた。



「……俺のパートナーは、お前だけだから。
 他のヤツとは組まない。誰とも」



「……リョーマくん……!」
「わっ、ちょっ……赤月!」

 巴の感情が臨界点を超えた。

 ネットを挟んだままリョーマにしがみつくと声をあげて泣き出す。
 慌てて引き離そうとしたが、泣かれていることもありままならない。




 まあ……いいか。
 このくらいの負い目を彼女に負わすのも。
 せめてもの意趣返しというヤツである。



 これから先、もし二人の道が重ならなくても。
 リョーマは巴の最初のパートナーであり、巴はリョーマの最後のパートナーだ。
 たった一つのその事実は消えない。






 もっとも、これで終わりにしてしまうつもりなんて、全然ないんだけど。



―――Fin.―――




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と、いうわけで完結です!
こんなに長い話描いたの久しぶりですね。
やっぱり長い話は長い話なりに短編とは違う書き方ができるので描いているほうは楽しかったですが、読んでくださっている方的にはどうなんでしょう。
楽しんでくださったならいいんですけど。

二度目のルド転校ネタですが以前の『キミのいる風景』アップ後に「続編が読んでみたい」という非常にありがたい感想をいただいて、続編を描くとしたらまずは転校経緯が書きたいな、と思ったのが最初でした。
半年もあとになってしまいましたが、見ていてくれたなら嬉しいな、と。
恋愛沙汰だけで転校でもいいんですが、彼女は意外と先を見据えているイメージがあるのでトレーナーとしての夢を追いかけるために転校です。
一番書きたかったのは巴ちゃんの腕を掴んで詰問するリョーマ。
怒っているような顔と言うよりは傷ついた顔を想像していただきたいところです。

ではでは、ありがとうございました!

2005.12.25
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