部長になってしまった今では、部活中によそ事を考えているヒマもない。
結局、巴に声をかけることができたのは帰り間際だった。
「乗ってくか?」
ただ、自転車を止めてそう聞くと、肯定の返事とともに、巴が後輪の車軸に足をかける。
毎日ではないが、よくあることなので慣れた動作である。
ゆっくりと自転車が走り出し、やがてスピードがあがる。
自転車に乗っていると、巴の顔を見なくて済むから助かる。
そんなことを思った。
変にこれ以上緊張することもないし、逆に顔をみられることもない。
だから、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて口を開く。
「あー、なあ、昼の話だけど」
「え、あ、はい」
顔が見えないので、口調だけでは巴の反応がイマイチ読み取れない。
それはメリットでもありデメリットでもある。
ええい、しっかりしろ。
「あれって……本気か?」
しばらく、沈黙が走る。
考えてるのか、怒っているのか、戸惑っているのか。
肩にかかる手がなければ、実は後ろには誰もいなくて俺一人でしゃべってるんじゃねえか、という不安にかられたかもしれない。
「冗談で、あんなこと、いいません」
「…………悪ぃ。
けどな、いきなりあんなこと言われて、しかも言うだけ言ってさっさと立ち去ってくしで、
なんかの勘違いかもしれねえとか思ってもしょうがねえだろうが」
悪いとは思うけれど、実際問題何かの間違いじゃないかと思ったのは事実なのでしょうがない。
巴がそんなタチの悪い冗談を言うとは思っていないけれど、何かの勘違いとか、という可能性はないとは言い切れないような気がするし。
なにせ相手がこいつなだけに油断できない。
「それは……桃ちゃん部長が」
「俺が?」
「ジュース、貰ってたじゃないですか」
「は?」
確かに、昼休みにクラスの女子に貰った。
それがなんだというのか。
「すごく仲よさそうだったし、
やっぱりクラスでも人気あるのかなあ、って思ったら、早く言っとかなきゃって……でも」
早いからどうとかなるのではまるで自分は限定商品か何かのような気がしないではないが。
彼女とはまったくもってそういう関係ではないし、その気もない。
「でも?」
「明らかに桃ちゃん部長、100%考えてなかったー、って顔したから!
いたたまれなくて、その場にいられなかったんですよ!」
さっきまで巴にしてはらしくなくぼそぼそとなんとか聞き取れるかとれないかくらいの声でしゃべっていたのが、急に怒ったように大声になる。
確かに意表をつかれた。
しかし100%考えたことがなかったかというと、少し違う。
もっとずっと前に、『そういう関係』を考えたことがある。
けど、ないものとしてとりあえず頭の中から消した。消したことにした。
消したことにしていたんだけどな。
「つーか、お前がいきなり前触れもなくんなこと言うからじゃねえか!」
「前ぶれってなんですか」
「そりゃー、その、なんだ。
…………なんか、そーいう雰囲気ってのがあるだろうが」
「そんな曖昧なこと言われたって、わかりません!」
いつもの調子で、巴が後ろから元気のいい声を出す。
桃城も威勢良く返しながら、ペダルをこぐ足を速めた。
やっぱり、自転車でよかった。
巴を越前の家に送り届けるまで、大体あと5分。
それまでに、このニヤけた顔をなんとか元にもどさないと。
答えはそのときまで引き伸ばそう。
相当悩まされたんだから、それくらいは当然許されるだろう。
もちろん、答えに関してはまったく悩んだりはしていないのだけど。
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