三寒四温と言うが、今年の春は一気に暖かくなった。 桜の蕾も早ふくらみ始めている。 今の季節、外での待ち合わせにはいい。 暖かい陽射しを浴びて歩きながら、巴はそんなことを思う。 さて、それはそれとして、今彼女は駅周辺案内図を探している。 青春台周辺はこの一年で随分詳しくなったと自負しているが、それ以外、それも殆んど訪れたことのない神奈川となると簡単に迷子になりそうで油断出来ない。 闇雲に歩き回るよりは地図を確認した方が確実だろうと思ったのだけど、その地図が見つからない。 余裕を持って出てきたので遅刻の心配はあまりないが、これだと誰かに聞いた方が早そうだ。 「あの、駅周辺案内図ってどこにありますか?」 ちょうど目があった男の人に声をかける。 「案内図? それならあっちだけど……どこに行くの?」 待ち合わせ場所の喫茶店の名前を言うと、それならば知っている、と案内してくれた。 着いて見れば、待ち合わせ場所に指定されるだけあって駅からすぐの判りやすい場所だ。 店内にいた幸村が見たのはその瞬間である。 腰を浮かしたところで、巴もまた幸村の姿に気づき、笑顔で手を振る。 そして、隣にいた男性に頭を下げると店内に入ってきた。 「お待たせしました!」 「大丈夫だよ。まだ約束の時間にはなっていないし」 時計を指差して言う幸村に、巴が胸をなでおろす。 「わかりづらかったかな。ごめんね」 「いえそんなことないですよ、全然! ただ、反対側探しちゃってたみたいで人に尋ねちゃいましたけど」 なるほど、それでさっきの状況だったわけか。 ナンパにしては様子が違うと思った。 余計な事を言わなくて正解だった。 「あ、先にこれ」 幸村の向かいの席に腰を下ろした巴がカバンから小さな包みを取り出し、差し出す。 「改めて、お誕生日、それと卒業おめでとうございます!」 これは予想していなかった。 当日、電話でお祝いは言ってもらっていたけれど、それで終わりだと思っていたので意外なプレゼントだ。 もちろん、嬉しい驚きである。 「嬉しいな、ありがとう」 「ただ、お祝い事二つ一緒にまとめちゃいましたけど」 「そんなのいいよ。 ……けど、これじゃなんだかプレゼント交換みたいだな」 そう言って、横の椅子に置いていた小ぶりの紙袋を指し示す。 視線をそちらに移した巴が期待に満ちた目を向ける。 まるで、宝物を見つけた子犬のようだ。 「それって、もしかして、私に、ですか?」 「うん、ホワイトデーだからね」 「あ、それもありましたね!」 『それも』、という事はそちらの方は失念していたらしい。 「うん、『それ』もあったんだ。けどタダじゃ渡せないかな」 「え、お金取るんですか!?」 そんなわけない。 しかし彼女の表情を見る限りでは冗談で言った感じがしないのが怖い。 自分はどういう人間だと思われているのか。 「まさか。 ただちょっとだけ不公平だな、と思って」 「不公平? ナニがですか?」 「先月のバレンタイン、俺が何も言わなかったら、巴はくれなかっただろ?」 幸村の台詞に、巴が言葉を詰まらせる。 一月前、幸村は巴にチョコをもらったのだけれど、青学までわざわざ出向いて直接ねだった結果である。 結果としてはもらえたのだけど、自分が動かなければ、おそらく確実に巴は渡しに来てはくれなかった。 それがほんの少し幸村としては面白くないのだ。 「え、いや、それは……」 「自分からチョコをもらいに行って、今日もこうしてホワイトデーのプレゼントを持ってきて。 考えてみると、まだ巴に何も言ってもらった事がないんだけど」 「な、何って」 にこりと笑って言うと、巴が赤い顔で視線をさまよわせる。 いくら察しが悪くても、ここまであからさまだとわからないはずもない。 それでも、畳み掛けるように少し小さな声で囁いた。 「俺は、巴が好きだよ。……巴は?」 逃げ道を、塞ぐ。 「え、あ、……そ、それは卑怯です、幸村さん!」 「そう?」 軽く聞き流す。 卑怯なものか。 ずるいのは、巴の方だ。 いつも追いかけているのは自分だけで、近づくと、逃げてしまう。離れても、きっと追ってはくれない。 不安は、カタチだけの儀式じゃ補えない。 もっと確実なハッキリした気持ち。言葉にしなきゃ想いは見えない。 もっと近くにいれば、きっと四六時中そばにいる。 不安なんて感じるヒマもないくらいに。悪い虫も寄せ付けない。 だけどそれができないから不安になる。 そばにいられない間、彼女がどうしているのか、誰と話しているのか、誰を見ているのか。 けど、それを気取られないように幸村は笑う。 そんな情けない弱さは、子供じみた闇は、まだ、見せられない。 「…………私も、です」 「うん」 「私も、幸村さんのこと、好き、ですよ」 小声で早口に言う巴の顔は、これ以上ないくらいに赤い。 少しうつむきかげんで、上目遣いに幸村の様子を伺っている。 あ、まずい。 頬が緩む。 「ありがとう。 じゃあ、これ、受け取ってもらえるかな?」 お茶を濁すように、差し出された紙袋を覗き込んだ巴が驚いたように顔をあげる。 「幸村さん、これ……」 「うん、それはオマケ」 なんでもないことのように幸村は言う。 紙袋の中の贈り物を飾るリボンの中央には、「オマケ」であるところの少し細かいキズの入った金色のボタンが光っていた。 |