始まりの話。




 よちよちとおぼつかない足どりで、転がって行ったボールを追っていた小さな男の子が、ボールの先にある大人の足に気がつき、顔をあげる。


「よう少年。南次郎はいるかな?」



 ボールは拾わない。
 大多数の大人のように、親切そうに自分が追っていたボールを横取りしたりしない。


「おじさん、だれ」
「ん? 京四郎だ」


 と、そこで呼ぶ必要もなく南次郎がその場に姿を見せる。



「あ? 京四郎? 
 なんでテメエがんなトコロにいんだよ」





 ここはアメリカである。




「学会のついでにちょいとな」




 しつこいようだがここはアメリカである。



「お前なぁ、ここらへんで学会があったわけじゃねえだろ?」
「いいじゃないか。遠来の友にグダグダと余計な事を言うな」


 そういうと、芝生の上に腰を下ろす。
 南次郎もひと呼吸遅れて横に座る。




「引退、したんだって?」


 ぽつりと言う。



「ああ」

「馬鹿野郎が。半端な所で投げやがって」
「いつまで待ってもお前が帰って来そうにないからよ」
「殊勝げに嘘をつくな。別に面白そうな事でも見つけたんだろ」


 そして、視線の先に映る子供に目をやる。



「あれがリョーマか?」
「おう」


 南次郎が相手をしてくれないので、一人大人用のラケットを必死に振り回している。
 どちらかというとラケットに振り回されているという表現が正しい。


「きかん気そうだな。お前に良く似てる。……可哀想に」
「おい、そりゃどういう意味だ! 俺に似てるんだったら超ラッキーじゃねえか!
 ……しかしアレだ。
 こっちもまさかお前も同い年のガキこさえてるとは思わなかったぜ。
 年中忙しい忙しいって言ってた割にはやるこたぁやってたんだな」
「はっはっは」



 あれから、南次郎はアメリカで名を馳せ、京四郎はスポーツ医学を修める身となった。
 あの日語った子供の夢想はほぼ実現したと言っていい。




 たたひとつ、交わした約束の他は。





「うちの娘は可愛いぞ? 写真見るか」
「写真持ち歩いてんのかよ……ベタだなお前……
 ん、ああ良かったなあ、お前に似てなくて。
 あとはその根性曲がりな性格が感染らないよう気をつけろよー?」
「ぬかせ」


 しばらく、会話がそこで止まった。
 居心地の悪い沈黙ではない。

 日差しは柔らかく、気持ちがいい。
 このまま眠ってしまいそうだ。



「テニス……やらせてんだな」
「おう。当然だ。お前もそのつもりだろ?」
「んー、まあ、時期が来て巴がそれを望めば、だな」


 と、殊勝げな事を言った京四郎だったが、次に続けた言葉の意味するものはまるで正反対だった。





「で、入れるのは青学、だろ?  お互い」






「じゃ、対戦再開すっ時はダブルス、か?」
「いいなそれ。じゃ、竜崎に計画変更って伝えとくぜ」
「うわ、その名前久しぶりに聞いたな。相変わらずか、あのババァは」



 そんなことを言って笑いあう。





 あの頃抱いていた一番の夢は、叶わなかった。
 だけど、過去を悔やむ事もなく、今を憂うでもなく。








 ただ、願う。



 彼らも、あそこで大切な物を見つけてくれることを。
 大切な約束を交わした、あの場所で。







―――Fin―――






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4までで終わらせておいても良かったかもしれない……。
んな言い訳はさておき、これにて完結です。

S&Tの京四郎訪問イベント、あそこで軽く南次郎が京四郎が腕を壊した事を話の種にし、それを京四郎も笑顔で応えているシーン。
今はああやって笑ってネタにしているけれど、当時は笑い事じゃなかっただろうに……と思ったのが始まりです。
それにプラスして、子供ができたら母校で一緒にプレイする、なんて発想、中学生はまずしないだろ、というあたりから妄想回路が発動し始めましてですね(笑)。

ゲームと京四郎の口調が若干違いますが、南次郎も含めて中学生なんだからちょっと幼い喋り方に意図的に変えています。
クールなリョーマと直情型の巴に対して、南次郎と京四郎はなんだか逆っぽいのイメージがあります。
第五話で京四郎の腕について言及しようかとも思ったんですが、ゲーム中ではっきりと語られていない事もあり、やめました。
一緒にダブルスで試合をした事からも私はある程度まで復調したと信じています。
越前親子が手を抜いてくれるはず、ないしなぁ……

ではでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!


2006.3.29.


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