「あれ、なんで跡部さん達がここにいるんですか?」 「……テメェ、それはどう考えてもこっちのセリフだろうが……」 氷帝テニス部のコートに到着してまず巴が交わした会話がこれである。 コートには、跡部を始めとして氷帝三年があらかた揃っていた。 三年は引退どころかすでに卒業しているのだが、入学式までの間にたまにこうして練習に来る。 ソレ自体は別に構わないのだ。 巴が来ている、今日でなければ。 そう内心、日吉と鳳の二人はタメイキをつく。 樺地はいつもどおり無反応だ。 「んじゃ打ってくのか、赤月?」 宍戸の言葉に、残念そうに首を振る。 「そうしたいところですけど、今日はお使いだったから何も持ってきてないんで、大人しく見学してます」 「別にええやん、制服でも」 「よくないですよ……」 結局、ベンチに腰掛けて氷帝の練習を眺めていた。 青学の練習とはやはりどこか違っていて興味深い事は興味深い。 だけど、やっぱり。 「ねー、観てるだけで、面白い?」 唐突に、背後から声をかけられた。 振り返ると、芥川だ。 コートは真正面なのに今何故背後から現れたのか。ベンチをまたいで巴の隣に座る。 「んー……そうですね、つまんないことはないですけどやっぱり、自分でやる方が面白いです」 「ふーん、やっぱり」 鳥取がいればウェアを借りる事も出来たのだろうが、残念ながらすでに彼女は名古屋へ旅立っている。 そういえば、鳥取さんも今頃頑張ってるのかなー。 お父さん、ちゃんと診てくれてるのかなー。 私も負けずに頑張らないと。 なんてことを考えていると、不意に膝の上に重みがかかった。 芥川だ。 さっきの今でもう熟睡している。 練習はいいんだろうか。 起こした方がいいのか、このまま寝かしておいた方がいいのかと悩んでいると、コート側から今度は向日の怒声が届く。 「あーっ! ジロー、テメ何やってんだ!」 駆け寄ると、軽く芥川の頭をはたく。 芥川が薄目を開けてぼんやりと向日の方を見る。 どう見ても、まだ頭は覚醒していない。 「練習に来たんじゃねーのかよ、お前。 寝るんだったら、あっちのベンチで寝てろ。その方が広いぞ」 呆れた口調で宍戸が言い、隣のベンチを指差す。 確かにそこは空っぽだ。 ゆっくりと顔をあげてそちらに目をやった芥川は、しかしすぐにまた頭を巴の膝の上に戻す。 「……んー、こっちのが柔らかいから、こっちがいい……」 言葉は途中で寝息に変わる。 「そりゃ確かにベンチより硬いわけは無いと思いますけど……」 「巴、突っ込みどころはそことちゃう」 「ウス」 「ずるいですよジロー先輩! 羨ましい!」 「鳳、お前はその本音ダダモレの口を閉じろ」 しかしこれだけやかましい中でよくも眠れるものだ。 「ほぅ……いいご身分じゃねえか、ジロー」 「跡部、硬球ぶつけたらジローが永眠しちゃうからね?」 不穏な表情を浮かべる跡部を笑顔で制すると、滝はコートから手をあげて巴を呼んだ。 「巴! 今日は俺、先に帰る予定だから送っていくよ」 「え、あ、はい!」 「え」 「な」 「は?」 巴の座るベンチに歩いていくと、起こさないようにそっと芥川の頭を持ち上げて巴を自由にする。 代わりにかけてあったジャージをたたんで下に敷く。 「じゃ、行こうか」 「…………手際いいですね」 「慣れてるからね」 にこりと笑うとそのまま巴を促した。 無事立ち上がる事が出来た巴がぺこりと頭を下げる。 「あ、じゃあ今日はこれで失礼させていただきます。 またいずれ!」 「お先にー」 爽やかに手を振るとさっさとコートを後にする。 「………………」 「いやあ、滝にうまいことやられたなぁ。なあ、跡部?」 「何がだ」 苦笑しながら言う忍足に、跡部が険悪な表情を見せた。 それを見て、忍足はわざとらしく肩をすくめて見せる。 「ウス」 「ん? どうかしたのか樺地?」 樺地が視線を再度巴が去って行った方に向けたので、宍戸が釣られてそちらを向く。 見ると、先ほど姿を消したはずの巴が再び駆け寄ってきている。 「なんだ、忘れもんか」 「向日さん、私初めっから手ぶらです。 そうじゃなくて」 息を整えると、顔をあげて笑顔で言う。 「今度の機会にはちゃんとユニフォーム持参してきますから、練習参加させてくださいね? それじゃ、今日はお邪魔しました!」 それだけを言うとまた来た方向へと走っていく。 彼女の行く先、少し離れた場所で苦笑しながら滝が待っているのが見えた。 「今度の機会て、いつやねん」 「まあとりあえず忍足先輩が高等部に行った後じゃないですかね」 「ほんまにお前は可愛ないやっちゃな」 「別に忍足先輩に可愛いなんて思ってもらいたくありませんから」 彼らの雑談は、いち早くコートに戻っていた跡部の一声でかき消された。 「オラ、お前ら、練習再開すっぞ!」 前ページへ |