星降る聖夜






「巴、クリスマスは予定を開けておけ」

 練習後、ラケットを仕舞いながら唐突に跡部がそんな事を言った。

「へ? 25日ですか」
「24日、イブだ」

 頭の中で年末の予定を確認する。
 確か、その日は予定はまだ何も入っていない筈だ。
 恒例の青学クリスマスパーティも、今年は日程が少しズレている。


「何かあるんですか」

 空いている、とは即答しない慎重な巴の問い掛けに跡部は厭そうに答える。

「……うちのクリスマスパーティだ」


 うちの。
 それは、つまり。


「氷帝の、ですか。跡部さんの家の、ですか」

 跡部の表情がさらに厭そうになる。


「両方だ」

 つまり、氷帝テニス部のいつものメンバーのクリスマスパーティを、跡部の自宅でやる、と。






 話は一ヶ月程前にさかのぼる。
 中間テストの結果が著しく振るわなかった向日の勉強を見てやっていた跡部だったが、あまりにもやる気の見られない向日に、キレた。

「いい加減にしろ向日!
 これ以上俺様の手を煩わせるな」
「うるせぇな、テメェは一々小うるせぇんだよ!」

 言い返した向日だったが、分の悪いのは明らかである。
 次の期末で挽回出来なければ冬休みの補習は必至。
 そうなるとテニスの時間が大幅に減る事になる。それは非常に困る。
 困るのだが唯々諾々と跡部に教わるのも ムカつく。

 まことに損な性分である。

 と、まあここまではよく見られる光景であった。
 が、この日は横から忍足が余計な口出しをしてきた事から話が妙な方向に転がった。

「まあまあ、二人とも熱くならんと。
 ここはひとつ、賭けてみいへん?」

「「は?何をだよ。」」

 向日と跡部が同時に不審な顔を見せる。


「今度の期末、岳人が跡部の手を借りずに目標点、そうやな、65点を超えられるか」
「はぁ?」
「無理に決まってるだろうが」

 バッサリと切り捨てた跡部を向日は睨み付けたが本音は同感である。
 今、跡部の教授込みで追試を切り抜けられるかどうかと言っているのにそんな点数を叩きだせる筈がない。
 しかし、それをよくわかっている筈の忍足は意に介さず素知らぬ顔で続ける。


「じゃあ岳人が勝ったら、今度のクリスマスには跡部に自宅を開放してもらう、いう事で」
「なんでいきなりそんな話になる」

 跡部が半眼になる。
 あまりに話が飛躍しすぎだ。

「ええやん、どうせ無理なんやろ?」
「じゃあ、俺が勝った場合は」

 その質問には軽い笑い混じりで答える。

「そんなん、跡部なしで期末受けるだけでもハイリスクやのに、目標点数達成できへんかったらそれだけで罰ゲームや。岳人可哀想やん」

 可哀想とかいいつつすでに賭けのダシにしている時点で全く同情していないのが見え見えなのが白々しい。
 そして明らかに跡部に分の悪い賭けだ。
 しかし、向日が一人で勉強するとも思えない。

 たまには粗療治も向日の為か。
 そもそも向日の家庭教師など自分の本来の役目ではない。


「よし、乗ってやろうじゃねえか。
 しかしそれなら65点は低すぎる。70点だ」
「げえっ」

 向日が思わずカエルのような悲鳴をあげた。
 が、忍足も跡部も向日の意向などすでにお構いなしである。

「じゃあ賭けは成立、いう事で。
 70点か……ほな頑張れ岳人」

 ぽん、と忍足が向日の肩を叩く。
 そして、振り向くと一言付け足した。


「野郎ばっかりやと侘びしいから巴も呼んでや」
「ハン、そんな事は勝ってから言え」



「あーあ、忍足にまんまと乗せられたね、跡部」
「アーン? 何が言いたい、滝。向日一人で七十点も取れる訳ねえだろうが」
「その読みは確かに正しいよ。
 けど、忍足の出した条件は『跡部の手を借りない』であって『向日一人』じゃないよ」
「なんだと?」
「向日も気の毒にね。跡部に教わってた方がまだ楽だっただろうに」
「……滝、そういう事は先に言え!」



 結論から言えば、結果は跡部の負け。
 普段重い腰をあげない忍足が容赦なく徹底的に向日に試験のヤマを叩き込み、ギリギリでなんとか目標点を突破したわけである。
 試験が終わった後の向日の憔悴っぷりはかなりのものだったが。
 向日にとっては跡部に教わっていたほうがまだいくらかマシだったと思われる。
 もはや誰の為の勝負なのか。

 まあどうあろうと負けは負けである。






「要するに忍足さんに躍らされたわけですね」


 あっさりと巴が要約する。
 苦々しい顔の訳もそれで納得である。

「氷帝の皆さんがパーティでも忘年会でもやるのはご自由ですけど、なんで私まで巻き込まれるんですか?
 華が欲しいなら氷帝の女テニの人でも……」
「氷帝の女をそんな集まりに呼んでみろ。諍いの元だ」


 ぬけぬけとそんな大言壮語をはく。
 たいした自信だがあながち勘違いでもないというのが恐ろしい。


「跡部さんの家ってことは広いんでしょうねぇ」
「まあ、一般よりは広いな」
「どうせ、ムダに豪華なんでしょうねぇ」
「おい巴、ムダとはなんだムダとは。
 俺様の家でやるんだから当然だ」
「……えーっと、遠慮させていただいていいですか?」



 軽く回避を図ろうとした巴だったが、それに返した跡部の返答は簡潔且つ専制的だった。


「開けておけ、といった筈だ。
 お前の都合はこの際無視だ」
「横暴ですーっ!」



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続きます。
……ガンバレ向日。


2006.12.14. 義朝拝

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