「おう、隼人」
「んー、何」
夕食後、マンガ雑誌を読みふけっていた隼人に何気ない調子で京四郎が声をかける。
「今月の25日だけどな、東京に行かなきゃならん用があって」
「ふーん、行ってらっしゃい」
「いや、休みにも入るのにお前だけ置いていくわけにもいかんだろう」
「いつものことじゃん」
適当に返事をしながら主に意識の半分はマンガ集中していた隼人に、さらりと京四郎はこう言った。
「なわけで、お前と一緒に25日は南次郎の家に世話になるって言ってあるから」
「ふーん……はぁ?」
適当に相槌を打ちかけたところでその言葉の意味を理解した。
慌てて雑誌を放り捨てて京四郎に向き直る。
京四郎はそんな息子の様子をニヤニヤ笑って見ている。
「いらねえからそんな気遣い!
っつーかさっきも言ったけどいつものことだろ? 家にいるって!」
「いやいや、翌日学校があるならそれも致し方ないが子供を一人きりで家に残していくのは心配だからな」
そらぞらしく肩をすくめて首を振ってみせる。
このキツネオヤジ。
隼人はギリギリと奥歯を噛み締める。
「テキトーな事ふかしてんじゃねえよ!
クリスマスに人ん家に押しかけんじゃねえよ、非常識だな!
大体俺がなんで嫌がってんだか判ってて言ってんだろ親父……」
「と、いうわけだ」
一方こちら越前家。
南次郎がしれっとした表情でクリスマスの赤月親子の来訪を告げた。
「今回は隼人も来るんだ、珍しいね」
「夕食はちょっと多めにしとかないとなぁ」
若干の上方修正をする食事担当。
「……おじさんが来るという事は、アルコールは倍は用意しないと足りないな……」
「いや、普段のデータから類推すると、二・五倍は必要だろう」
大幅な上方修正を余儀なくされる買出し担当。
かくして隼人の抵抗もむなしく二人が25日に越前家に混ざりこむ事は確定となっているのである。
「よーう、邪魔するぜ」
「……お邪魔します……」
呼び鈴を鳴らした後、陽気に入ってくる京四郎と対照的に、暗い表情で越前家に足を踏み入れる隼人。
抵抗は結局徒労に終った。
ここで一つ主張しておきたいが、別に隼人は越前家の面々に対して含むところがあるわけではない。
同じテニスプレイヤーとして、それぞれ認めている。
個人個人の性格だって別に問題があると思っているわけではない。
もっとも――
「いらっしゃい。
いやあ、家族水入らずですごそうとしていたところにようこそ!」
「…………だから、俺の意志じゃねえんすけど……」
それは、『巴が関わらなければ』という条件下に限っての話である。
「あ、おじさんに隼人。いらっしゃーい!」
呑気に元凶、じゃない、巴も顔を見せる。
「あ、台所仕事手伝うよ」
「いいよ別に人手足りてるし。一応お客さんなんだから」
「あー、そっか……」
あっさり拒否。
いやそうじゃなくて少しでも被害の少なそうなところに退避したいだけなんだけどとはさすがに口にできない。
「えー、そうなの? 隼人だけ贔屓じゃんー」
「……英二兄ちゃん、人の話聞いてた? 隼人は一応お客さんでしょ」
「巴は少々隼人に甘くはないか?」
「お兄ちゃん達が隼人いじめるからじゃん」
窮地に立たされている息子を尻目にキツネ親父は早々に南次郎と盛り上がっている。
つーか早ぇよ。
とはいえ、いたところで何の役にも立たないどころか却って火に油を注ぐようなことしかしないのは明らかなのでその方がいいのかもしれない。
大体ここんちの兄弟からの風当たりがキツくなったのはまた自分がいない間に親父が妙な事を言ったんだろう。
我が親ながらタチの悪い事この上ない。
あっさり乗せられるのもどうかと思うけど。
特に当たりがキツいのはやはり周助と国光だ。
普段は二人とも冷静なのにどうしてこう巴の事となると目が曇りきってしまうのか。
「小姑みてぇ……」
「聞こえてるぞ、隼人」
オマケに地獄耳だ。
前門の虎、後門の狼の例えもあるがこの家では下手すりゃ四方八方を囲まれる。
しかし、突破口が無いわけでもないのだ。
「あれ、赤月来てたんだ」
二階からもそもそとリョーマが姿を見せた。
階下が騒がしいので気が付いたらしい。
天の助け。
「リョーマ、久しぶりにちょっと打ち合いしねえか?」
「なんでいきなり……まあ、別にかまわないけど」
何かを察してくれたらしい。
普段ムカつく事の方が圧倒的に多いリョーマだが今日ばかりは後光が見える。
隼人は早々に自分のラケットが飛び出しているカバンを手にするとコートに走った。
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