「……生意気なガキ…」 ぼそっとつぶやいたクロードに、ボーマンは苦笑した。 「まあそう言ってやるな。あの歳で王立の紋章術研究の中枢を担うってのは実際問題たいしたもんだ。 子供だったら天狗になって当然ってもんだろ」 「ボーマンさん、…妙にあの子の肩持ちますね」 不思議そうにレナが言う。 無理もない。 ボーマンとレオンはまるで反対のタイプに見えるのに。 ふっと湧いた疑問から口にした言葉にボーマンは思いがけない言葉を返した。 「俺に似てるんだよ、アイツは。 ……この研究所にいた頃の、ガキだった頃の、俺に……」 「え!? ボーマンさん、ここの研究所にいたことがあるんですか?」 「似て、たんですか……」 それぞれ違う点に驚く二人に、にやりと笑う。 「18のときだな。 そんときはここにも薬学部門の研究所があってな。そこの主任をしていた」 「18で主任っ!! すごいじゃないですか!」 「12歳のレオンにゃかなわねぇよ」 卑屈にではなく、本当にそう思っていると言う口ぶりだった。 まったくの過去の事としての話。 栄光の自慢話でも、悔恨の挫折感もない。 「じゃあ、どうして、……」 そこまで言ってレナは言葉を濁した。 訊いてはいけないことなのかもしれない。 王立の研究所で主任を務めたような人間が、何故今、離れた学生都市で薬局を営んでいるのか。 そんなレナに、ボーマンはいつも通りの腹の中の見えない微笑で返し、ぽん、と掌をレナの髪に置いた。 「…つまらなかったからだよ。レナ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「ボーマン博士、こちらの実験結果についてですが…」 「後で見ます。そちらの器具は決して動かさないでください。 抽出が終わるころには戻ります」 「どちらへ?」 若き薬学研究所主任のボーマン・ジーンはその蒼の双眸を所員に一瞬向けると、昼食です。とだけ答えて部屋を後にした。 彼一人が姿を消すだけで、所内の緊張感が一気に緩む。 所員の一人が大きく息をつく。 「確かに、仕事は切れるが、彼と一緒じゃ神経が持たないな…」 「ああ。あれでまだ18だぜ。末恐ろしいって奴だな」 「生意気どころの騒ぎじゃないな…」 それが、彼の所内での評判であった。 頭は回るし、仕事も切れるが、人間的感情がない、と評する人もいた。 実際、彼の頭にはこの頃実験以外のことは基本的に頭にはなかった。 定食屋の扉を開く。 「いらっしゃいませーっ!」 いつもの店主とは違う声に、目をむけると新しく雇われたのであろう、新顔のウェイトレスが水を持ってきた。 愛想よくこちらに注文を取りにくる。 偶然か故意か、食事を運んできたのも同じ少女だった。 「お待たせ致しました」 食事を置いても、その場を離れようとしない。 ボーマンが昼食を取る時間は一般の食事時間を外れているので客足は少ない為仕事に影響はないのかもしれないが。 ……しかし、見られていると、落ちつかない。 「……?」 怪訝な表情でボーマンが少女のほうを見る。 「あの、お城で働いていらっしゃるんですってね」 「…ああ。お城と言っても研究所だが」 「研究所? 何の研究をしてらっしゃるんですか?」 薬学、とだけ簡素に答える。 研究内容は極秘事項であるし、そうでなくとも内容をこの少女に話して理解でき得るはずもない。 当然詳しく説明してやる義理もない。 「薬学って、おくすりのお勉強ですよね。 皆の病気を治すための研究なんですね」 いとも単純な少女の考え方にボーマンは気づかれないよう少し嘲笑を浮かべた。 正反対だ。 薬なんて言うものは大概表裏一体。一歩間違えれば毒となる。 自分が関わっているのはどちらかというとそちらに近い。 紋章術研究班がラクール・ホープの研究を始めているのと同じように。 ふ、と時計を見る。 予定時刻を回っている。 この少女のくだらないお喋りに付き合ったせいで時間を食った。 席を立つ。 食事が出るのが早いのでこの店を愛用していたが、今後は別のところに代えた方がいいかもしれない。 そう思っているのに。 「あ、もうお帰りになられるんですか? …でも、また明日、来てくれますよね?」 「……そうだな」 つい口を継いで出てしまった言葉に少女は露骨に嬉しそうな顔をする。 「良かった! あ、私、ニーネっていいます。……あなたのお名前も、訊いていいですか?」 「ボーマン。……ボーマン・ジーン」 どうして諾々と従ってしまったのか、自分でも理解が出来なかった。 |