修学旅行狂想曲




「じゃ、そういうことで」


 一旦醍醐、京一と共に部屋に入った龍麻は辺りを窺いながらまた荷物を持って外に出た。
「別にこっちの部屋でもいいんだぜ? ひーちゃん」
「バカを言うな! 京一」
「るっせーな。そうやってすぐ反応するのはやましいことのある証拠だぜ、醍醐」
「お前と一緒にするな!」
「……じゃあ」
 言い争う二人を後目に龍麻は足早に去っていった。

「……寒気がする…風邪かな?」
 龍麻の勘はさすがに鋭い。 

 パタン、とドアが閉まった途端に京一は醍醐の方に顔を寄せて小声で囁いた。
「醍醐、今夜行こうぜ」
「今夜? どこへだ」
「桃源郷」
「? ……!」
 ガスッ。
 しばしの沈黙の後のいきなりの鉄拳制裁。
 やっと『桃源郷』の真意に思い至ったようだ。
「いってーなぁ! いきなり殴ること無いだろうが!」
「やかましいこの不埒者! 成敗してくれる!」
「いーじゃねぇかよ、お前もみたいだろう? ひーちゃんの二の腕とか太股とか。素直になれよ醍醐〜」
 蛇足ながら、龍麻は自分の二の腕が貧弱なことを気にしているので(あくまで男子高校生としては、の話であるが)盛夏でも長袖のシャツを着用している。
 よって一年中彼女の二の腕を拝むことはない。太股言うにおよばず。
「馬鹿者! 俺はもう知らん!」
 足早に去っていく醍醐。あ、耳まで赤い。……想像したな。
「ちぇ。友達がいのないヤツめ。しゃあない。俺一人で行くか」
 それでも行くのか、京一…。 


 ・・・時間経過・・・


 と、言うわけで桃源郷(笑)。

「悪いな、僕のせいで二人とも終い風呂になっちゃって」
「いいって、ひーちゃん。そんなこと気にしなくても」
「ふふっ。そうよ、龍麻が一緒に来てくれるんだったらこれくらいなんでもないわ」
「…ありがとう」
 がらっ。
 浴場の扉を開く。
 がらっ。
 何故かすぐ閉める。
「…………」
「どうかしたの? ひーちゃん」
「……ちょっと、小蒔と葵はここで待ってて。…気のせいならいいんだが…」
 葵と小蒔を脱衣所に押し留めて再び浴場に入る。
 他の生徒よりかなり時間を遅らせたので浴場内には誰もいない。
 それにしても大浴場に一人バスタオル姿で真剣に辺りを見回している姿は滑稽ですよひーちゃん(笑)。 


 龍麻の目線がある一点に止まる。
 ボイラー室に続く、閉め切った扉。その上にある通気口を兼ねた磨りガラスの小さな窓。その小さな隙間。
「観念して出てこい。……京一」
「げ」
「3、2、1…秘拳・黄」
「あぶねぇ! ひーちゃん旅館壊す気か!」
 慌てて飛び出してきた京一に龍麻の目がすぅっと細くなる。それ以外は完全な無表情。
「無謀な挑戦をしたその度胸だけは認めてやる。遺言くらいは聞いてやろう。最後に言い残すことはないか?」
 そのまま黄龍の構えに入る。
 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。
こんなヤバイ状態なのにひーちゃんの肢体の方に目がいってしまうのが一番ヤバイ。
「ひーちゃん…思ったよりムネあるなぁ…」
「京一、…君バカじゃないの?」
 騒ぎを聞きつけて浴場を覗き込んだ小蒔が呟く(こちらはすでに浴衣を着ている)。
 が、京一のそのバカな一言は意外に効いた。
 今まで無表情だった龍麻の表情に変化が出たのだ。
 耳まで赤くなり、上がっていた眉が下がる。
「…………京一なんて、絶交だぁっ!」
 そう言うが早いが駆け去っていった。……小学生かキミは。
「え、待てよひーちゃん!」
 しかも効果ありだし。
「ひーちゃん、その格好で外に出たらいろんな意味でまずいって!」
 しごくもっともな小蒔のツッコミも耳には入っていない模様。


 そして、追いかけようとした京一だが、背後から肩をそっと掴まれた。
「……京一くん、龍麻を泣かせたわね?」
「……美里……」
 恐る恐る振り返るとそこには満面の笑みの葵。
「愛の精霊の燃える翼と12の星もって魔を焼き尽くせ!! 熾天使の紅!」
 問答無用でいきなり。
「なんで美里がもう最強攻撃術つかえるんだよ!」
 京一のツッコミも虚しく、葵はさらに変わらぬ笑顔で続ける。
「私が苦労して渋る龍麻を説得して部屋も裏工作で調整して見回りの時間まで変えさせてお風呂の順番まで変更してやっとここまでこぎつけたのに、それもこれも龍麻と一緒に修学旅行を楽しむ為なのに、京一くん、龍麻を、私の龍麻を泣かせたわね?
 そもそも朝方新幹線に乗り遅れそうになった時だって龍麻が貴方を待とうとして危うくドタキャンされるところだったし特別補習でも素行不良でも何でも理由を付けて貴方だけ強制不参加にするべきだったのかしらついつい私やさしいから博愛精神が働いて貴方のような不浄な者をここまで連れてきてしまったわ。失敗ね。フフフ……。
神に仕える大いなる力、四方を守護する偉大なる5人の聖天使よ…ジハード」
「うげぇっ! …止めろよ小蒔!」
「悪いけど、こうなった葵はボクには手に負えないよ…成仏してね、京一」
「さあ傍観してないで、いくわよ小蒔」
「げ、ボクも強制参加?」
「当然よ。うふふ。小蒔ったら…さぁ」
 とことん表情は笑顔。菩薩の微笑み。
「う、うん…いくよ…(京一、ゴメン!)」
「「楼桜友花方陣!!」」


 ・・・合掌・・・





「ひーちゃん、ごめん、本当悪かったって! 反省してる!」
「…本当に?」
「マジだって!」
「もう二度としないか?」
「しないしない!」
「『見つからなかったらお咎め無し』とかおもってないか?」
「げ」
「……」
「……」
「……………(にこ)」
「………………(へら)」
「秘拳・黄龍ーーーーっ!!」


 お後がよろしいようで



あとがき

大バカ全開(笑)。
「聖夜」の後に読むとギャップの激しさに気が狂いそうになります(笑)。
龍麻の艶姿を拝めただけでも成功という事かしら。
ちなみに葵ちゃんの苦労話についてはおまけSSでくわしくのっています。

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