1998年12月19日。 血煙を上げて倒れる姿が、今も脳裏から離れない。 「……っ、ひーちゃん!」 何もする事が出来なかった俺の腕の中で、ぐったりとしていたひーちゃん。 人の身体からはこんなにも多くの血が流れるのかと、心のどこかでそんな見当違いのことを考えていた。 だんだんと冷たくなっていく身体、それとは逆に、制服を濡らす暖かい血。 それ以降のことは、覚えていない・・・。 1998年12月24日。クリスマス。 「じゃあ行こうか、京一」 「おう、遅かったなひーちゃ…ん…?」 龍麻の声に振り返った京一は、一瞬絶句した。 「……ひーちゃん、私服?」 「ずっと学校も行っていないのに制服で来る方がおかしいだろ」 そういって龍麻は先に立ってすたすたと歩き始めた。 確かに、ついさっき退院したばかりの龍麻が制服で来るのは不自然だと、京一も思う。そして、確かに私服を見たのは今日がはじめてではない。 が。 「ひーちゃん、スカートなんか持ってたのかよ……」 驚きはこの一点であった。 男性として育ち、学籍も男性で通している龍麻はあたりまえだが制服も学ランである。 私服もシャツにジーンズ程度。当然男物。 まず女性と思われることはない。 しかし今日の龍麻の姿は、黒の薄手のセーターにタイトロングのスカート。 上に着ているコートはいつも着ている煉瓦色の男物だが、どこから見ても完全に女性であった。仕草が若干男性くさいことを除けば。 「いやだっていったんだ僕は……けど、高見沢が持ってきた着替えはこれしかなかったんだ! 悪いか!」 緊急で病院に運び込まれ、そのまま入院となったので服も何も用意しているわけがない(ちなみに龍麻は一人暮らしである)。 で、舞子に着替えを持ってきて貰うよう頼んだのだが、龍麻の「部屋から服を持ってきてくれないか」という頼みに対してなにを勘違いしたのか舞子は自分の部屋から服を持ってきたのだそうな。 「逆ギレすんなってひーちゃん。似合ってるって」 「五月蠅い! これ以上この話題に触れるんなら僕はもう帰る!」 耳まで赤い。どうやら本当に恥ずかしいらしい。 京一は、心の中で舞子に感謝した。 都会の夜は明るい。 ネオンが輝き、人の流れも減ることがない。 特に今夜はイブ。ネオンも、人も、いつもより数段はしゃいでいるようだ。 明へのクリスマスプレゼントを買いに行った京一は、待たせている龍麻の所に戻る前に、ひとつ深呼吸した。 ……なんだか今日は勝手が違う。 それはクリスマスの浮かれた雰囲気だけのようではなさそうだった。 「ん、お帰り、京一」 「……なんかあったのか、ひーちゃん?」 「ああ…ちょっと」 そう言って龍麻は先ほど出会ったと言う不思議な少女とのことを話した。 「そうか……何かあったら俺に言えよ? 一人で抱え込むよりは…いくらかマシだからな」 本当は、もう龍麻には何にも関わっては、戦っては欲しくなかった。 しかしそれがもう不可能であることは、龍麻が引き返せないところまで来てしまっていることは京一にも分かっている。 だから、せめて、分かち合いたかった。痛みも、哀しみも苦しみも。 「うん、ありがとう。」 一瞬、沈黙が走る。…………気まずい。 普段だって、別に口数が多いわけではない龍麻と一緒にいると沈黙の方が多いのだが、入院でしばらくはなれていたせいか、この微妙な雰囲気のせいか、どうも落ち着かない。 「ところでよ…… お前の惚れたヤツってほんとは誰なんだ?」 口にしてから、京一は後悔した。 話題を変えようとして出した言葉にしてはあまりに悪すぎる。 「京一」 「……は?」 「京一だよ」 「……冗談……だよ、な?」 あまりに思いも寄らない答だったので、思わず京一は聞き返した。 いや、答など聞きたくなかったという方が正解かも知れない。聞きたくはないけど知りたくてしょうがない答。ここの所ずっと抱えていたそんな矛盾した想い。 狼狽した京一に、少し笑いながらあっさりと龍麻は返答した。 「もちろん、冗談。……本気にしたか?」 「……タチが悪いぞ、ひーちゃんっ!」 「ごめん、ごめん。あ。……雪だ……」 いつのまにか、ちらちらと粉雪が空に舞っていた。 「余り身体を冷やしたら岩山先生に叱られるな。京一、悪いけど今日は帰るよ」 「え、そうか? だったら家まで送るぜ」 「……メリー・クリスマス。それじゃあ……」 京一の言葉を無視し、言うが早いが龍麻は身を翻して去って行ってしまった。 一瞬、柔らかい、しかし泣き出しそうにも見える微笑を京一に向けて。 取り残された京一はしばらく呆然としていたが、しばらくしてやっと、ひとつの考えに至った。 今日の龍麻の、不可解な言動の意味。 「ひょっとして、さっきの……本気だったのか?」 あまりに自分にとってタナボタすぎて、信じ切れなかった言葉。 もしかすると自分は人生最大の間違いを犯してしまったのかも知れない……。 次頁へ行く(爆) |