激痛が、走る。 自分では一般のヤロウどもよりは忍耐力のある方だって自負してはいるけれど、思わず知らずうめき声がもれる。 やがて、それは叫び声となる。 大丈夫。 誰もいやしねぇ。 しかしそう思ったのも一瞬だった。 誰かの気配を感じて京羅樹は身を硬くする。 「誰だ!」 激しい声に驚いたような気配。 影が、近づいてくる。 そこにいたのは、伊波だった。 それと認識した途端に肩の力が抜ける。 「なんだ……ユーか……」 「どうした」 簡潔な質問。無口な伊波らしい。 滝の側だから少々の声は掻き消してくれるだろうと思っていたのだが伊波の耳にはしっかりと届いていたようだ。 これでは先日の御神のときのように不機嫌なふりをして追い返すわけにも行かない。 それに、なんとなく誰かに、……伊波に知っておいて欲しい気分だった。 荒い息を整える。 プライドにかけて伊波の前では叫び声をあげない。 第七の眼。 血族や転生の少ない月詠において人工的に作られた能力者。 神の領域に踏み込んだ罰か、それともそもそも器にそれだけの力を受け止めるだけのものがなかったのか、それはその力の大きさ分だけ彼ら自身に跳ね返った。 特に大きな力を得た二人に。 飛河は感情を失い、 そして、京羅樹は…… 「オレっちは肉体にきちまってるってわけ……。 特にこの目……実は、もうほとんど見えてないんだよね。 このままだと、完全に見えなくなるのも時間の問題って感じ?」 努めて明るく話すのを、黙って伊波は聴いていた。 やがて、ぽつりと口を開く。 「……怖いな……」 そうでもなかった。 この目が急激に衰え始めたときも、そんなもんか、という認識だった。 だけど。 「ねえ、伊波ちゃん」 なんだ、と言うようにこちらを向いた伊波の顔を両手で包み込むようにして近づける。 「笑ってよ」 「……は?」 京羅樹の突然の行動とセリフに、伊波は思考がついていかない。 「まだ見えるうちにちゃんと、伊波ちゃんの笑顔を見ておきたいからさ」 「そ、そういわれてすぐに笑えるわけないだろう」 「そこを何とか、ね? 頼むよハニー」 ふざけた口調でそういうと、ふ、と両手の下の頬が動いた。 「何がハニーだ…本当にお前ってヤツは…」 初めて会ったときにはお互いの立場が立場だったし、怒ったような顔しか見た事がなかった。 伊波の笑顔を初めて見ることが出来たのは、九条の追悼式の後だった。 その時、初めて失明する事を恐ろしいと思った。 彼女の笑顔を見ることが出来なくなる事を。 皆が何よりも守りたい、そう言っていたこの笑顔を。 頬に当てていた手をそっと後ろへ滑らせる。 「京羅樹?」 「ゴメン…今だけ、暫くこのままいいかな」 伊波は咄嗟に払いのけようとして振り上げた右手を、暫く逡巡した後、ゆっくりと京羅樹の頭に載せる。 「大丈夫。 京羅樹の目が見えなくなっても、俺はここに、傍にいるから……」 近いうちに、光が完全に失われても 残像のように脳裏に焼きついていればいい。 一番大切なものが。 〜終〜 戻る |