あれから、二週間が過ぎた。 朱雀門を覗いてみる。 人の姿は、ない。 となると……藍碧台やな。 御神はくるりと足の向きを変える。 初めは無理やりにでも楽観視しようとしていた者達も、もはや内心総代九条綾人の生存を諦めているようだった。 鎮守人による総代の捜索は続けられている。 郷内の空気は日ごとに重みを増していく。 多少小走りで藍碧台を駆け上る。 ……やっぱり、いた。 「……伊波」 郷を見渡せるこの場所に座り込んでいた伊波は、御神の声が聞こえているのかいないのか、返事もしないでそのまま微動だにしない。 この距離で声をかけて聞こえへんはずはないんやけど。 かまわず、伊波の横に腰を下ろす。 朱雀門の真中に立っているか、藍碧台で座り込んでいるか。 郷に戻ってきてからの伊波の日課である。 総代はんが戻ってきたらすぐに見つけられるように、てことなんやろうか。 大丈夫、すぐに総代はんは戻ってくるって。 初めの数日は皆そう言っていた。 しかし今やそんな慰めも口にする事が出来ない。 そしたら、何を言うてやればええんやろう。今の伊波に。 最後に総代はんと言葉を交わした伊波に。 口にするべき言葉がわからないまま暫くそのままの状態が続く。 どれくらいそうしていただろう。 不意に、ぽつりと伊波が口を開いた。 「……元々、さ」 どうやら御神の存在には気がついていたらしい。 「ん? なんや?」 「元々、俺は執行部の一員じゃなかったんだ。 一之瀬も。 春にちょっとした弱みを総代に握られて、そのままなしくずしに執行部に入ることを言い渡されて。 だから執行部に在籍している日数はお前と数ヶ月しか変わらないんだ」 「……へえ」 伊波は何がいいたいんやろう? 「卑怯だよな。 弱みを握ったのをいい事に日曜も放課後もなしに散々こき使われて。 いっつも自己中で、自分勝手で」 返事など初めから期待も何もしていない風にとうとうと語りつづける。 「そのくせ、言っている事はいつも正論でさ。 だからこっちも逆らえやしない。卑怯なんだよ、あの人は」 「伊波…」 「帰ってこないよ、あの人は」 「……え?」 突然の話題の転換に頭がついていかない。 総代はんが、帰ってこない? じゃあ、それが判ってるんなら、なんで伊波は毎日待ってるんや? 「帰ってこない…絶対に。 俺が、彼を殺したんだから」 突然の伊波の告白に、頭が、真っ白になる。 「伊波!」 思わず、伊波の肩を掴む。 初めてこちらを向いた伊波は今まで静かに語っていたのがウソのように感情を高ぶらせているのがわかる。 「そうだよ! 俺が撃ったんだ、総代を! 法眼を羽交い絞めにした総代を、法眼もろともに! 討魔とは違う。 俺は自分の験力で人を……総代を殺めたんだよっ!」 叫ぶ、というよりは怒鳴りつけるような伊波の告白に、かえって御神は冷静になった。 それで、結奈はんと伊波の様子がずっとおかしかったんか。 意識がもどった自分らに、総代は見つからん、それだけしか言わへんと…。 伊波は今までどういう思いで藍碧台や朱雀門に行っとったんや? 誰よりも帰るはずのないことを知っている身で、 それでも総代を諦めきれへんかったんか? 「誰も…伊波の事は責めへんよ」 呟いた御神の言葉はさらに伊波を激昂させた。 「ああ、責めないよ、誰も。 紫上だって、山吹先生だってそう言った。 それが最善の行動だった、俺は悪くない、って。 ……なんで責めないんだよ! お前のせいだ、お前は人殺しだって、どうして誰も俺を弾劾してくれないんだよ!」 言葉の後半は、すでに半分涙声になっていた。 続いて御神の耳に入るのは伊波の嗚咽。 「……すまんな……」 「…え?」 「ワイらは、一番大事なときに何もできへんかった。 気ぃついたときには、全部、終わってもうてたからな……。 総代はんを救えんかった。伊波の辛いときに一緒にいてやれへんかった。 ……ほんで今、お前を責めて楽にしてやることも……できへんのや……」 一陣の風が吹いた。 秋風も大分冬を感じさせつつある。 ひと時色づいた葉はその色を褪せさせて地に落ちる。 郷が色あせて見えるのはそのせいだ。 総代がいなくなったせいじゃない。 だから、季節が巡ればまた鮮やかな色を見せる筈。 ……きっと。 形だけでも総代の死を納得させるかのように追悼式が行われたのは その一週間後の事であった。 多くの者の心に大きな穴を空けたまま……。 〜終〜 戻る |